「君の理想を求めて」  その@


 それは麗らかな午後だった。
「俺、本当の女に会いたい!」
 突然、サトルはそう言った。コウタはあんぐりと口を開けてしまう。
「突然何言ってるんだ? サトル」
「本物の女の子と仲良くなりたいんだよ、俺は」
「んなの、無理に決まってるだろ? もうこの世界には本物の女はいないんだ。300年も前に滅んだんだ。学校で習っただろ?」
 2人は畳15枚は入る大きな部屋のベッドの上にいる。大きな窓からは銀色の美しい街が見える。時折、車が通った。空の上を、だ。
「それは知ってるけどさ。でも、きっとどこかにいると思うんだよ」
「何言ってるんだか……。俺達20歳だぜ。そんな幻想言う歳じゃないぜ」
 コウタは大きなため息をついた。
 西暦2400年。世界に女性と呼ばれる存在はいなかった。理由は簡単。人はもはや性行為を必要とせずに子孫繁栄の力を持ったからだ。人口タンクによる受精。女はその機能を必要としなくなった。そして、自然と地球には女性の数が減っていき、いつの間にか女性はいなくなっていた。人口タンクで生まれる生命も何故か男性ばかりだった。
 コウタは漫画を放り出す。
「女の子ならいるだろ。サラ、ジュース持ってきて」
 コウタがそう言うと、階段を上がってくる音が聞こえ、スラリとした美人がジュースを2つ持ってきた。歳は20歳中盤くらいだろう。
「はい、コウタ君」
「どうもありがとう」
 コウタがそう言うと、サラと呼ばれた女性はニッコリと笑ってまた階段を降りていった。
 コウタは美味しそうにジュースを飲む。
「ほら、あういう子がいるんだからいいじゃないか」
「アンドロイドだろ? 命令には絶対に背かない。服を脱げと言ったらすぐ脱いでくれる。本物はそんなんじゃなかったらしいじゃないか」
「言う事を聞いてくれるのはいい事じゃないか。何が不満なんだ。この世界の男はみんなそれに満足している。嫌な事件も無いし、男女のイザコザも無い」
「それが嫌なんだ。そんなんじゃ全然面白くない。愛し合う喜びも、頑張って愛しい人を手に入れる快感も無い。じつにつまらない!」
 サトルは大袈裟に手を振って嘆く。
 サトルは学校でも特に頭のいい生徒であった。特に哲学とロボット工学に詳しく、彼があういう考えに至るのは誰の目から見ても明らかだった。頭がいいが故の、進化した悩みである。
「そう思うのは自由だけどさ。いないものはいないんだからどうしようもないだろう?」
 コウタの言う通りだった。いくら信念があっても実現不可能なものは無理である。
「いないかどうかは分からない。何でも政府機関に閉じ込められているらしい」
「サトル……。ネットのやりすぎだぜ」
「でも、信憑性はあると思う。だっておかしいと思わないか? これまで2100年間、世界には男と女がいたんだ。それが、今になって片方しかいなくなってしまうなんて」
「絶滅した動物だってたくさんいたじゃないか。それが人間だって不思議じゃない」
 そのどれも人間の仕業だったと、コウタは言おうとしたがやめた。
 だが、サトルの目に諦めは無い。
「それは自分の目で見てみないと分からない。今日、空港近くの政府の施設に行ってみる」
「入れてくれるわけ無いだろう?」
「黙って入ればいいんだ。勿論、コウタもな」
「……何で俺も?」
「1人じゃ寂しいだろ?」
「……マジかい」
 コウタはため息をついた。
 もうこの世界に本物の女なんていない。戦争がある度に慰み者にされ、事件があった時は人質にされ、レイプ事件も毎日のように起こった過去。さらに技術の進化で子宮というモノが無くても子供が作れるようになった。さらにアンドロイドの普及で、性的な欲求も女性に向けられなくなった。
 なら、女性という存在になりたい人間なんているはずがない。女性という存在がいなくなったとしても何ら不思議ではない。
 サトルの欲求は科学者としての欲求なのだろう、とコウタは思った。


 その夜、9時。大きめのリュックを背負ったサトルと、コウタは玄関前で自転車に跨っていた。
「何時頃帰ってくるの?」
 家を出る時、アンドロイドのサラが言った。誰もが美人というであろう女性サラ。彼女は近くのアンドロイド専用電荷店で売っている。もっとも、その顔は任意なので同じ顔はこの世に1つとしてない。
 コウタもサトルも本物の女性を知らない。だが、それは2人に限った事ではない。今世界にいる人全員が本物の女性を知らない。でも、それに不満を言う人は誰もいない。
「分からないけど、多分12時までには帰ってくるよ」
「そう……。1人じゃご飯美味しくないから、早く帰ってきてね」
「ああっ、分かってる」
 多くの人が不平を言わない理由。答えはこれだ。アンドロイドは、本物と何も変わらない。いや、それ以上に出来ている。肉体的なモノは勿論、精神的にもほとんどの男の欲求が満たされるように出来ている。
 その関係は友人であり、恋人であり、家族である。
 昔、それはダッチワイフが進化しただけの偽者だ、と言った人がいた。だが、皆、それでもいいと思った。なにせ、世界に本物はいないのだ。偽者に走って何が悪い? それが正しい道なのだ。
「いってらっしゃい。サトル君も」
「……ああっ」
 サトルは何も言わず、家を出た。その後を、コウタが追った。


 その研究所は、自転車で1時間もしないで着いた。パッと見ると、軍用の施設のようにも見える。フェンスに覆われていたが、それほど警備は厳重ではなかった。それどころか、人っこ1人いない。
「全然いないね。そんなに大事な施設じゃないんじゃないの?」
 コウタはサトルに言う。サトルは持ってきた双眼鏡を覗く。
「甘いな。厳重じゃないからこそ、大事な秘密があるかもしれないだろ?」
「……考え過ぎな気がする」
 コウタはまたため息を漏らした。だが、そんなコウタもちょっとだけ気になってきた。もしも本物の女性がいるのだとしたら、見てみたい。きっとサラと同じような感じなのだろうが、気にはなる。
「よし、行こう」
 サトルは大きめのニッパーを取り出して、器用に小さな穴を開け、サッと施設の中に入った。コウタもそれに続くように中に入った。
 駆け足で施設の壁に取り付き、近くのドアの取っ手をとる。しかし、案の定というべきか、電子鍵が掛かっていた。
「ふふっ、成績優秀の俺にそんなの効くか」
 サトルはまた持ってきた小型パソコンとコードを取り出して、サッサと鍵に取り付けて、ものの数秒で開けてしまった。何をしたのか、コウタにはまったく分からなかった。
「サトル……。お前、色んな意味でプロになれるんじゃないのか?」
「まっ、念には念を入れてね」
「何の念だよ……」
 ぼやくコウタを他所に、サトルは施設の中に入っていった。


 施設内は灰色の壁に覆われていて、ひんやりしていた。人の気配も無い。夜だから当然かもしれないが、気味が悪かった。
「こんな所に本物の女の人がいるわけ?」
 コウタが聞く。
「分からない。でも、可能性は0じゃない。0じゃない限り、探す意味はある」
「……科学者肌だな」
 2人は誰もいない廊下を歩く。何の為の施設なのか、コウタは知らない。サトルも詳しくは知らない。サトルの考えは「片っ端から探す」であった。
「コウタ。本物がいたらどうする?」
「仲良くなりたいね。きっと、サラとあまり変わらないと思うけど」
「そんな事は無いよ。アンドロイドは感情の起伏が少ない。どんな時にどんな事をすればいいのか、インプットされているからね」
「……Hの時なんかは結構激しいよ」
「激しくなかったら面白くないだろ? そうインプットされてるんだよ」
「分かってるけどさ、もっと面白く解釈できないわけ?」
「たまにはこんな事を考える奴もいるさ」
 サトルは冷静に言った。
 こういう奴が次の世界を作るのだろうと、コウタは思った。今の現状に満足する事無く、それを打破しようとする。そんな事は自分には出来ないな、とコウタは苦笑いを漏らした。
 その時だった。
「おい! そこで何をしている?」
 後ろから怒号が聞こえた。コウタとサトルはビクンと背筋を突っ張らせる。そして、ゆっくりと後ろを振り向く。
 そこには警官の姿をした女性が立っていた。歳は20代後半と言った所で、美人だった。
「こんな時間に何をしている?」
 女警官は懐中電灯を手にしながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。威圧的な態度だ。
 警備用アンドロイドだ、とコウタはすぐに思った。アンドロイドは目的によってその性格が大きく違う。普段接するのは、家庭用だ。だが、警備用はその用途からかなりきつい性格になっている。場合によっては暴力まですると聞いた。
「答えろ。こんな夜中にこんな所で何をしている?」
「……あなたは人間ですか?」
 サトルが聞いた。彼にとっては彼女の質問に答えるよりも、その事を聞く方が大事なようだった。
「当たり前だろうが。そんな事よりこっちの質問に答えろ」
「……」
 コウタは少しビックリした。アンドロイドが自分で自分の事を人間だと言ったのだ。だが、その驚きもすぐに無くなった。最新のアンドロイドは自分を人間だと思うようにプログラムされているのだ。それはよりリアルなモノを目指す為だと言われている。
 でも、もうこんな所に配備されていたとは知らなかった。
「……ふふっ。なっ、言っただろ? コウタ」
「へっ?」
 サトルが何やら怪しい声で笑っている。コウタと警備の女性は目を点にしてしまう。
 サトルはキラキラした目で女性を見た。
「あなたこそ本物なんですね!」
「なっ、何だお前は。気持ち悪い……」
 女性は数歩下がる。だが、サトルは前に数歩出る。
「人間に対してのその乱暴な言葉。自分を人間だというその態度。今まで僕が出会ってきたどのアンドロイドにも無い。つまり、あなたは本物の女性なんだ!」
 どうやら、サトルは警備用アンドロイドも、最新プログラムの事も知らないようだった。コウタはその事を言おうとするが、サトルの目にもうコウタは入っていなかった。
「やった! 本物の人間だ!」
「きゃああ! こっちに来るな! 電磁棒で気絶させるぞ!」
 女性は悲鳴を上げて逃げ回っている。その時、コウタの目に女性の項が見えた。そこにはエネルギー充電用のコネクターが見えた。どんなにアンドロイドが人に似ていても、そこだけは変えられない。
 だが、我を忘れたサトルには見えていないようだった。
「待ってくださーい!」
「いやああ!」
「……」
 間抜けな光景を見ながら、コウタは思った。結局、本物だとか偽者だとか、そういう事はどうでも良く、自分の理想のタイプが見つかればそれでいいのだと。
「サトル。君がMだったとは知らなかったよ。君が今の現状に満足出来ていなかった理由もよく分かるよ。……って聞いてる? サトル」
「待ってください!」
「嫌よ! これ以上来たら本気でぶっとばすわよ!」
「それでもいいです!」
「よくない!」
 未だ、ランチキ騒ぎは終わっていない。
「……帰るから、俺」
 そう言って、コウタはサトルを残してその場を去っていった。付き合いきれなかった。


「……で、置いて来ちゃったの?」
 次の日の朝、コウタ宅、朝ご飯テーブル。茶碗を手にしながら、サラが聞く。
「ああっ、あそこにいたんじゃ、俺まで捕まってたし」
「友達を置いてきちゃったの? 可哀相」
「場の空気を読んだって言ってくれ。2人きりにさせないと、可哀相だろ?」
「……そうなのかしら?」
 サラを小首を傾げた。
 さっき、政府の役人から電話があった。友人が君の名前を呼んでいるから、迎えに来てほしいと。罪になるんですか? と聞いた所、機密を見られていないから何もないとの事だった。それを聞いたコウタの朝食は非常に美味しかった。
「午後からそのサトルを迎えに行くから」
「分かったわ」
「……まだ時間があるな」
 食事を済ませると、コウタは台所で洗い物をしているサラを見た。コウタはサラの事が好きだ。電荷店の店員とよく話し合って、顔を決めたのだ。彼女はコウタにとって理想の女だった。
「理想が叶うなら、それが偽者だろうがなんだろうが構わない」
 改めて、コウタはそう思った。なにせ、今彼は好きな女と思う存分好きな事が出来て、幸せなのだから。
「なあ、サラ」
「何?」
「終わったら俺の部屋に来ない?」
 コウタの言葉を聞き、サラの手が一瞬止まる。だが、すぐにニッコリと笑う。彼女が断るという事はありえない。
「いいわよ。朝から元気ね」
「まあね。好きなら何でもいいって、気づいただけさ」

                                                               終わり


あとがき
昔、あるウェブサイトに載る予定だった作品。
本来は絵がつくはずだったので、非常に短い作品になってます。内容もこれと言ったテーマは設けず、サクサクと頭に浮かんだものを書いただけです。
今読むと中身の無い作品だなぁ、とつくづく思いました。
以上、後書き終わり(後書きも短いっす‥‥)。


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