エレクトリック・エチュード 第14章


「そう‥‥。正直、そうなるんじゃないのかなって思ってた」
 麗は天井を見上げ、呟く。
「私もです。マンションにもいなかったですし」
「あの人にとっての幸せって、妹さんと暮らす事だったんですものね」
「でも、切華は紅矢さんに刺されて‥‥」
「生きていようが、死んでいようが、構わないんじゃないの」
「‥‥」
「戦う事を決めた時から、あの人は覚悟してたんだと思う」
「はい」
 ベッドに寝ている麗の隣で、葉澄は俯いて答えた。
「あの‥‥晃太君は」
「どこか別の病院にいるみたいよ。怪我人だけど、切華に手を貸して明君に怪我を負わせたから、警察の事情聴取を受けてるみたい」
「そうですか‥‥。生きてたんですね」
「しぶといから」
 麗はそう言って、小さく笑った。つられて、葉澄も笑った。
 そこは病室だった。神奈川勇のいた病院ではない。あそこはしばらく封鎖される事になった。麗が入院しているのは隣街の病院だった。
 切華の直撃を食らったものの、お手製の絶縁体の服のお陰で、麗の傷は比較的浅かった。葉澄との会話も前と何ら問題無かった。
「ところで、二人で寝てていいんですか?」
「えっ? いいわけないじゃない。‥‥でも、一緒にいたいのよ」
 葉澄の質問に、麗はケラケラと笑って答える。麗の隣には明がいる。二人で一つのベッドで寝ていた。隣には空になったベッドが一つある。
 明は全身包帯巻きになっていたが、その顔は笑顔だった。晃太の放ったあの攻撃で全身に火傷を負ったものの、命に別状は無かった。しかし、しばらくは退院できないとの事だった。
「まあ、たまにはこういうのもいいんじゃないかと‥‥」
 明は照れながらもまんざらでもないような感じだった。麗が明に抱きつき、頬にキスをする。手にも包帯が巻かれているためか、明は抵抗できない。もっとも、抵抗する様子も無かった。
 あの事件がきっかけでこんな仲になれた二人。怪我を負っていても、二人は幸せそうだ。こういう光景を見ると、あの事件もただ悪い事ばかりではなかったのではないか、と思えてくる。
「それじゃ、私もう行きますね」
「ええっ。明君の傷が治ったら、三人でご飯でも食べましょう。‥‥あの婦警さんも誘おうかしら」
「そうですね。楽しみにしてます」
 そう言って、麗と葉澄は堅い抱擁を交わし、そして葉澄は病室を出た。


 廊下に出ると麻子がいた。初めて会った時と何も変わらない、穏やかな顔をしている。私服で、あの時の傷もほとんど無かった。
「久しぶり。三日ぶりかしら」
「あっ、はい」
 葉澄は頭を下げる。この人の上司は切華に殺された。彼の娘も死んだ。それを知るこの人はさぞかし落ち込んでいるだろう、と葉澄は思っていた。しかし、麻子は相変わらずの笑顔だった。だが、その笑顔は前見たものとは何かが違っていた。
「見つかったの? あなたの彼氏は」
「まだです。探してるんですけどね」
「そう‥‥。見つけたら教えてね」
「逮捕するんですか?」
 葉澄の問いに麻子はすぐには答えず、ポケットの中から煙草を取り出す。その煙草は諏訪の吸っていた煙草と同じ銘柄だった。
「お兄さんの方はしないわ。犯人は妹さんの方だもの。私はただ、あの妹さんが生きているのか死んでいるのか、はっきりさせたいだけなの」
「‥‥」
 あの時、切華は確かに死んでいるように見えた。しかし、葉澄は一度も彼女に触れていない。もしかしたら、まだ生きていたかもしれない。葉澄もそれは気になっていた。
「もし生きているのなら、逮捕したいわ。例えどんな理由であろうとも、人を殺した事に変わりは無い。殺された人達の気持ちを知るべきだわ」
「‥‥」
 だが仮に生きていたとしても、紅矢が切華を手放すとは思えない。それはきっと麻子も分かっているだろう。
 会話が途切れる。麻子は煙草に火をつけようとするが、病院の廊下だという事を思い出したらしく、ライターをしまう。
「‥‥今度一緒にご飯でも食べない? あの二人も、近い内に退院できるんでしょ?」
「えっ? ‥‥ええっ、いいですよ。二人もそう言ってましたから」
「そう。その時、みんなでお喋りしましょう。色々と‥‥ね」
 麻子は踵を返し、葉澄の元から去っていった。顔は笑顔だったが、その雰囲気は明らかに前と違っていた。
 あの事件のつけた傷跡は重く深い。改めて、葉澄はそう思った。


 空は美しい晴天だった。あの日から三日経った。紅矢は見つからなかった。
 街はまだ混乱が続いていた。ビルが丸ごと崩壊し、街のど真ん中がことごとく破壊された。今は懸命に瓦礫の除去作業が行なわれていたが、前の姿を取り戻すのはまだまだ先のようだった。
 マスコミの騒ぎもまだまだ沈静化せず、テレビをつければあの事件が語られた。崩壊したあのビルにいた人々のインタビューや、それまでの事件との関連性などが毎日のように報道されたが、核心に迫ったものは何一つとして無かった。遠くで紅矢と切華の戦いを撮っていたテレビ局もあったらしく、時たまあの光景を見る事もできた。とは言っても、二人の顔までははっきりとは分からなかった。
 病院の裏庭を歩く葉澄。そこにはあの事件で怪我を負った人々が多く見られた。あの事件で怪我を負った人々はあの街の病院だけでは収容できず、この街にも溢れていた。
「‥‥」
 もう何もかも終わったんだという実感が沸き、同時にまだ紅矢達と出会ってから一週間くらいしか経っていないんだ、と思う。長いようで、あっと言う間でもあった。この一週間の出来事は死ぬまで忘れないだろう。
 神奈川勇、毛利洋一郎、神崎美奈子、そして近衛守、近衛泉。皆死んだ。もう誰も、切華は傷つけない。切華を傷つける者も、もう誰もいない。
「‥‥」
 紅矢は今、幸せなのだろうか。葉澄は青い空を見る度にそう思う。あのマンションにはいなかった。どこを探しても紅矢は見つからなかった。
 切華と二人だけで生きる。それが紅矢の願いだった。もう切華は紅矢に刃を向ける事は無い。だから紅矢は切華を連れて消えた。二人だけの世界へ行ってしまった。
 誰も知らない空の下で二人でお弁当でもつついているのだろうか。そうであってほしい。切華は嫌いだけど、紅矢がそれを望んでいるなら、それでいい。でも、そこには自分もいたかった。
 風がなびき、髪が揺れる。自分も切華みたいに髪の毛をのばしてみようか、と思い葉澄は一人で笑った。
「‥‥ふう」
 ため息を一つつく。誰もそれに耳を傾けない。
 これから、またいつもの生活が待っている。学校に行って、そしてまた大学受験の為の勉強を始めるのだろう。嫌だな、と葉澄は感じた。せっかく恋心を打ち明けたのに、まだ答えを聞いてない。
「‥‥」
 空を見上げる。雨が降れば、またあの人に会えるだろう。そう、何の根拠も無く思う。
「‥‥行きます、か」
 自分の頬を軽く叩く。まだ終わってない。自分にはまだやる事がある。守の残した最後の言葉。それをまだ紅矢に伝えていない。そして、自分の思いもまだ成就していない。伝えて、振り向いてくれないと、納得できない。
 そう心に決めながら、葉澄は家路に着いた。
 青い空は、いつの間にか段々と曇ってきていた。もうそろそろ雨が降ってくるだろう。

                                                                      終わり


あとがき

約1年、長い間お付き合い頂き、ありがとう御座いました。
この作品は大学生の頃、書いた作品で、小難しいテーマなどは一切考えないで、とにかくアクション系の作品を書きたいから、という感じで書き始めました。
あるアニメのOPを見て電撃系の話になり、あるヴィジュアル系の音楽を聞きながら雰囲気をまとめていきました。
紅矢と切華の恋愛模様は、当時ハマっていたアダルトゲーム関連から影響を受けていたと思います。

今こうして振り返ってみても、それなりに納得の行く作品だったと思います。


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