「しかし、ホンマモンなんやなぁ。ウチ、幽霊とかそういうモン、生まれて初めて見たわ」
「俺もですよ。でも、幽霊にしては妙に現実っぽい所があるんですよね。触れるし、こうやってちゃんとご飯も食べるんですよ。不思議っスよね」
潤と工藤先輩、そしてシキの3人は小さなちゃぶ台を囲んで夕食をとっている。コロッケとラーメン、ご飯という何とも大学生らしいメニュー。勿論、シキもそのメニューを堪能している。
その様子を、工藤先輩が物珍しげに見ている。
「でもあれやんか。座敷童ってゆうたら、見たその人を幸福にするって話やん。潤、幸せになったか?」
「そう言われれば‥‥何も無いですね。別に不幸ってわけでもないですけど」
俺はシキを見つめる。
「んっ? なあに?」
「シキ。お前、見た者を幸福にする事って出来るのか?」
「うん」
コロッケをモコモコほおばりながら答えるシキ。すると、工藤先輩がすかさず身を乗り出す。
「ウチな、最新のパソコンが欲しいんや。やっぱこれからは液晶の時代やもんな。メーカーはンニーがええな」
「お姉ちゃんはダメ。出来るのはお兄さんだけ」
「えーっ! 何でやねん!」
「最初に会った人だけなの」
「なんやてぇ! 何でウチの前に最初に現れへんかったんやぁ!」
「さあ」
「‥‥最悪や」
箸を投げ出し、工藤先輩はガックリと肩を落とす。シキはそんな工藤先輩の頭をグリグリと撫でる。優しい態度なのか、傷口に塩を塗っているのか分からない。
「‥‥潤。お前の幸福は何や?」
虚ろな目で工藤先輩が聞いてくる。
「えっ? ‥‥ええと‥‥何かなぁ?」
潤は言葉を濁す。突然言われても、すぐには思い浮かんでこなかった。
「他の人を不幸にてしまうものはダメ。それ以外なら何でもいい」
シキは茶を啜りながら言う。それでも、潤は答えない。顎に手を当てて、うーんと悩む。
「願いね‥‥一億か、不老不死か。はたまたハーレムか‥‥」
「煩悩満載やな。でも、金関係は頑張ればできなくはないとちゃうか? それと不老不死。うちやったら選ばんな。数万年後に地球が滅んだら、お前永遠に一人ぼっちやからな」
ラーメンをやけ食いしながら、工藤先輩は器用に言う。潤はより悩む。
「うーん、うーん。決まらねえ。シキ、別にすぐに言わなくてもいいんだろ?」
「うん」
「んじゃ、よく考えてから決める」
「分かった」
そう言うと、シキは満足そうにお腹をさする。彼女のお腹はプックリと膨らんでいた。
失意の内に工藤先輩は家に帰っていった。潤はシキの今後の事を聞いたが、幽霊の事なんぞ知らんの一言で返されてしまった。潤は頭を掻きながら、工藤先輩を見送った。
「さてと、これからどうしようか‥‥」
部屋に戻った潤はシキを見つめる。シキは何も分からない、とでも言いたげに部屋でゴロゴロしている。潤が彼女の頭を撫でると目を閉じる。幽霊と言うよりは、ただの居候のようだ。
「こうやって見ると、どこにでもいる子なんだけどな‥‥」
潤はため息と共に言った。シキは頭に「?」マークをつけたような顔で潤を見上げる。
幽霊だと言って、誰が信じるだろうか。触れるし、ご飯も食べる。幽霊っほい事と言えば、金縛りをかける事のみ。それでは友人を説得させるだけでも時間がかかる。その間に、あらぬ噂が立つ可能性もある。
「この宙ぶらりんの状態を何とかしないとなぁ」
「? 言ってる意味が分からない」
「‥‥独り言だよ」
潤は苦虫を噛んだような顔で、シキの頭を撫でた。そのシキは大きく口を開けてあくびをする。
「ねえ、もう眠い」
「枕元には立たないのか?」
「それじゃあ、眠れない」
「‥‥あっそ」
潤はゆっくりと起き上がると、布団を敷いた。すると、シキはスルスルと布団の中に入ってしまう。潤は1人取り残される。
「俺も寝てえ」
「一緒に寝よ」
「‥‥ロリコンの道に入ってしまいそうだ」
布団は1つしかない。潤は仕方なくシキの納まっている布団にモソモソと入り込んだ。
「で、お兄さん。願い事は決まった?」
「えっ?」
そう言えば全然考えてなかった事に気づく。
天井を見つめながら、潤は考える。今まで、そんな事は考えた事も無かった。いや、普通はそんな事考えない。願い事なんておとぎ話だからだ。
それが今、現実にある。本当にあるのかは不明だか、叶えると言う人(?)は現実にいる。それでも、潤は現実として受け止められなかった。
だから、こんな事を言ってしまう。
「強いて言うなら、お前くらいだな」
「私?」
「お前が何者なのか、それが知りたいんだ」
潤は隣で丸くなっているシキに言う。今、彼が一番解決したい事はそれだった。願い事というには正確ではないかもしれないが、今彼はシキの素性が知りたくてたまらなかった。
が、シキはいつものように小首を傾げる。
「シキはシキだって言ったじゃない」
「‥‥だよな」
潤は枕に顔を沈める。子供に「お前はどうして生まれた?」と聞いているようなものだ。
分かるはずがない。考えなくても、そんな事は分かっていた。ただ、聞いてみただけだ。
と、その時、潤の目がパチクリと開いた。
「あっ、そうだ。お前、人間になれ」
「人間? 私が?」
今度はシキが目をパチクリさせる。潤は上半身を起こす。
「そうだ。そうすりゃ一件落着だ。どうせ見た目は何にも変わんないんだし、幽霊だとか言われても分からないんだ。住民票とか、色々と問題がありそうだけど、幽霊って設定よりかはよっぽどマシだ」
「‥‥よく分かんない」
「分からなくていい。とにかくその方が納得できるんだ」
潤は声を荒げる。我ながら名案だと、彼は思っていた。シキが人間になれば、少なくとも今のような中途半端な状態ではなくなる。シキはシキだよ、と言われ続けるより、シキは人間です、と言われた方がいい。うんうん、と潤で1人で頷いた。
シキは少し悩んだ後、顔を上げる。
「でも、人間になったら、シキは人間と同じ暮らしをしなくっちゃいけないから、家に住まないといけない。でも、シキには家が無い。だから、お兄さんの家に住んでいい?」
いきなりリアルな話になる。だが、潤のテンションは下がらない。
「いいよ。お前なら歓迎だ。いて、嫌な思いをする事も無いしな」
彼は自分の考えに舞い上がっていた。
それを聞き、シキの顔がパッと明るくなる。そして、両手をグーにして瞳を閉じる。
「分かった。‥‥うーん、えい」
「‥‥」
「‥‥私、人間」
「はやっ! もう人間になったのか?」
ものの五秒かそこらだ。さらに、さっきと何1つ変わっていない。
「うん。もう金縛りとか出来ない」
「それだけ?」
「あと、子供が作れるようになった」
「‥‥今すぐは無理だぞ」
「?」
「気にしなくていい」
見た目で分かるはずがない。いや、元々見た目は普通の女の子と何ら変わりなかったのだ。変わるはずがない。
シキは自分の体を見回し、それからコクリと頭を下げた。
「これから、よろしくお願いします」
「‥‥おっ、おう」
まったく実感が湧かなかったが、とりあえず潤はそう答えた。
とにかく、潤の願いは叶った。そう思うと、安心して眠くなった。
「とりあえずはこれでいい。もう寝よう。‥‥今日はビールはいいや」
潤はシキを抱いて、瞼を閉じた。今まで体温を感じていなかったわけではない。だが、改めてそれを感じ、潤は1人で小さく笑った。その隣で、シキも笑っていた。もっとも、その笑顔はどこか煮え切らないものだったが。
次の朝。潤が目を覚ますと、既にシキは起きていた。
「おはよう」
「おはよう‥‥ございます」
「うん‥‥。って、ございます?」
馬鹿に丁寧な言葉だった。潤はシキを見る。今日のシキには昨日までのようなノホホンとした態度は無い。何か、思い詰めたような顔をしていた。
「どうしたんだ? シキ。何かあったのか?」
「‥‥ちょっと」
「何なんだよ? ‥‥ひょっとして、昨日人間になったのがまずかったとか?」
「そうじゃないんだけど‥‥ええと‥‥ええと」
煮え切らない言葉を並べるシキ。潤は布団から出て、シキの額に触る。熱は無い。潤はシキの顔をよく見た。昨日と何一つ変わっていなかった。
その時だった。シキが突然頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「‥‥へっ?」
ポカンと口を開ける潤。シキは一向に頭を上げようとしない。そして、こんな事を言った。
「私‥‥座敷童なんかじゃないんです。本当は人間なんです」
「‥‥そうなの?」
「はい。私、ずっとお兄‥‥間宮さんの事が好きだったんです。でも、どうしても近付く勇気が出なくて、それでこんな無茶苦茶な方法をとってしまったんです。でも、昨日あんな優しい事言われてもう騙すのに耐えられなくなって‥‥全部白状します。ごめんなさい!」
「えっ? えっ? よく意味が分からないよ。突然言われても‥‥。ちゃんと1から説明してくれよ」
「それなら、ウチが説明したる」
ドアの向こうから聞き慣れた声が聞こえた。それは工藤先輩の声だった。
工藤先輩の言った事。それはビックリ仰天する一方で、至極納得できるものでもあった。
「この子はウチの妹、工藤梓紀(くどう しき)。電車の中で言うたろ? 妹がおるって」
「‥‥マジで?」
「マジや」
「‥‥マジかよ」
唖然とする潤を尻目に工藤先輩は続ける。
「お前、最近奇妙な事が起こってるって言うてたやろ? その犯人な、全部梓紀なんよ。夜中電信柱の影に隠れていた奴、そして一昨日、電車を出た時に感じた視線。それ、全部梓紀がやってた事なんや」
「‥‥」
「梓紀はな、電車ん中でお前を見て一目惚れしたんや。それがラッキーな事にウチの後輩やった。でも、内気な性格なもんやから、なかなか言い出せんかった。そこでウチがナイスな方法を思いついた。それが座敷童作戦や」
「‥‥」
「まず、座敷童っぽい事を梓紀にやらせる。そして、ドンピシャのタイミングでお前に座敷童の本を貸す。そして、その日にその座敷童が現れる。そうすれば、お前はきっと梓紀を座敷童と思い込む。そう、狙ったんや」
「金縛りはどう説明するんです? 先輩だってかかったじゃないですか?」
「あれは嘘や。上手い具合いに引っ掛かったフリをしたんや」
「でも、俺は見事に金縛りに遭いましたよ。それはどう説明するんです?」
「それは、梓紀が説明してくれる。梓紀」
工藤先輩は妹、梓紀を見る。梓紀はゆっくりと話し出す。
「うん‥‥。間宮さん、いつも寝る前にビールを飲む習慣がありますよね? それで、コップを冷凍庫に入れるじゃないですか。そのコップの中にちょっとした薬を入れたんです」
「‥‥君はいつ、俺の部屋に?」
「間宮さんがお風呂に入っていた時です。その時に、部屋に入って、コップの中に薬を入れて、間宮さんが寝るまで押し入れの中に隠れてたんです」
「‥‥」
潤は相変わらずポカンと口を開けていたが、終始頷いていた。確かに2人の話を聞けば、今まで辻褄が合わなかった事が全て丸く納まる。全てはこの2人の企みだったというわけである。
一通り話を聞き、潤はちょっとマヌケな顔で笑う。
「‥‥どうりで人間っぽいと思ったわけだ」
ちょっと考えれば分かった事だ。だか、あの時は頭が混乱してたから、すっぽりと信じてしまった。潤は笑いなから、ヘナヘナと肩を落とした。詰まっていた何かが抜けていくような光景だった。
そんな潤に、梓紀は頭を下げる。
「騙す気は無かったんです。言葉遣いも、本当はこんな風に普通なんです」
昨日とは全然雰囲気が違う。前までのホンワカとした雰囲気は微塵も感じられない。本当に普通になっていた。
「でも、内気ってわりには、随分と荒っぽい方法とったんだね」
「お姉ちゃんが全部任せろって言うもので‥‥」
「なるほど、ね。でも、あの願い事、俺が無理難題言ったらどうするつもりだったわけ? 億万長者とか、不老不死とか」
「それは、間宮さんならそういう大きすぎる事は望まないだろうってお姉ちゃんが。でも、あんな願い事されるとは思ってませんでした」
「あん時はあれが一番いいと思っただけだよ」
「はい。やっぱり、間宮さんっていい人ですね」
梓紀は可愛く微笑む。潤もそれに笑顔で応えた。
ロマンチックモードに入っている潤と梓紀の間を取り持つように、工藤先輩が口を挟む。
「で、潤。梓紀と付き合ってくれ。一緒に寝たんや。責任とれ。この台詞言う為に1日我慢してたんやで」
「だから今日になって本当の事を‥‥」
「そういう事や」
工藤先輩は身を乗り出して言う。狙ったかのような笑みがある。その隣で、梓紀は顔を真っ赤にさせているが、真剣な眼差しで潤を見つめていた。
結局、梓紀は最初っから人間だった。ただ、潤と付き合いたかったから、あんなお芝居をした。開けてみれば、何て事の無いトリック。
ただ、このトリックで傷ついた人間は誰もいない。騙された潤も、嫌な気分ではなかった。逆だった。
「んな面倒臭い事しなくても良かったのに」
「‥‥どういう意味です?」
「俺なんかで良ければって事」
「ほっ、本当ですか?」
シキの顔がパアッと明るくなる。
「ああっ。一緒にいて楽しかったし、彼女もいないしね。まあ、ちょっと年齢があれだけど」
「3年すればよくなりますって!」
「だな」
「やったあぁ!」
梓紀はキャッキャッとさわいで、潤に抱きついた。潤も、嫌そうな顔はしなかった。
座敷童を演じていた時、彼女は人を幸福に出来ると言った。そして、幸せになった者がいた。例えこの子が座敷童でなくても、この子はちゃんと幸せを与えてくれた。
それでいいって事にしよう。そう、潤は思っていた。
「そうだ、梓紀ちゃん。一つ聞いていい?」
「何ですか?」
「お姉ちゃんに彼氏っている?」
「えっ? ‥‥ええと‥‥それは‥‥答えづらい‥‥ですね」
「潤。それ以上聞いたら、歯抜くでぇ。万力で」
工藤先輩の目が光った。
「やっぱり世の中、幽霊なんていないもんだねぇ」
潤は梓紀と顔を見合わせ、そう答えた。
終わり
あとがき
これも確か学生時代に書いた作品。小難しい事は一切考えず、ただ当時ギャルゲーやら萌えアニメにドンハマりしていた影響モロだし。
しかし、今こういう作品書けるかと言われたら、きっと凄い時間がかかりそうな、そんな気がします。。。