警官は相当な数だった。大体二十人くらいはいただろう。しかし、いくら数が多くても、一気に来なければ多くても意味が無い。私は目の中にいる五人の男達に向かって引き金を引いた。男達の銃弾は椅子や壁を砕くだけだが、私の銃弾は的確に的を射抜いていく。
鈍い衝撃が車内を包み、次の瞬間には身動きをしているのは私一人だけになっていた。
「‥‥ふふん」
私は弾を素早く込める。既に撃った弾数二十発。つまり、もうこの列車には生きている警官は誰もいないという事だ。相変わらずバルジアが出てくる気配は無い。どうやら、カルーアがうまくやってくれたのだろう。
私は今、六両目にいる。ダイアがあるのは五両目。もう、何も私を止めるモノは無い。私は鼻歌を口遊みながら五両目に続くドアを開けようとした。
その時だった。私はどこからか強烈な重圧を感じた。そう。それは銃口を向けられている感覚。私は素早く床を蹴って近くの椅子の影に隠れた。ドアから一発の銃弾が飛び出してきたのは、まさにその時だった。
銃痕の位置は、間違いなく私の心臓だった。‥‥バルジア・ミックスモントだ。狙いが直接見えていないのに、あれだけ正確に撃てる者は奴しかいない。私は小さく舌打ちすると、銃を構えた。しかし、そんな私の目の前を再び銃弾がかすめた。
「くっ!」
私は身をひるがえして、車両の一番後ろまで下がる。舌打ちの音だけでこちらの位置を判断したとでも言うのだろうか? ここは列車の中だ。しかも二枚の壁を隔てている。そんな小さな音など聞こえるはずがない。という事は、私の動く方向を予測して撃っているのだ。やはりさすがとしか言いようがない。しかし、私だって伊達に今日まで銃だけで生きてきたわけじゃない。
奴の弾は、ドアに対してほぼ垂直に飛んできた。という事は、奴はドアの延長線上にいると考えるべきだ。私はドアの延長線上に立ち、銃を放つ。
ダンダンダン!
ドアが軋み、三つの穴が出来る。応答の銃弾は無い。当たったのだろうか? いや、奴は二発式ライフルなのだ。二発撃ったら間が空くのは当然だ。
案の定、再び弾が飛び出した。私は踵に体重をかけて右真横に飛ぶ。私がさっきいた所に、奴の弾は正確に貫いた。後はもう一発来るのを待つ。
ズドン!
二発目は随分と場違いな方向に飛んでいった。私は右に飛んだのに、左に飛んだのだ。どうやら、奴の予想は外れたようだ。
私は銃を構え、走りだした。そして、一発一発間隔を空けながらドアに向かって銃弾を放つ。いわゆる弾幕というヤツだ。三発撃ってしまうと奴を仕留める弾が無くなる為、二発撃つ間にドアに駆け寄る。
そして、ドアを思いっきり蹴り飛ばし、五両目のドアも蹴り破った。
「‥‥」
「‥‥」
相手を確かめる時間は、一秒も無かった。私の目の前にタキシード姿のバルジアがいた。その長い銃口は私の眉間に当てられている。そして、私の拳銃もバルジアの眉間を正確に捕らえていた。バルジアの背中の向こうには、ダイアが入っていると思われる木箱がポツンと置いてある。
バルジアは私を見て、にっこりと場違いな笑みを浮かべた。
「たった一人で‥‥さすがですね、ミスティ・ガートランド」
「あんたもね。バルジア・ミックスモント」
私も彼につられて笑みをこぼす。しかし、お互い銃はまったく動かない。
撃った方が勝つ。しかし、私が引き金を引いた瞬間、間違いなく彼も引き金を引くだろう。そして、それは私も同じ。彼が引き金を引こうとしたら、躊躇い無く引き金を引く。
「‥‥‥そう言えば、あなたの妹さん。可愛かったですよ」
「! ‥‥勿論じゃない。私の妹なのよ。‥‥‥殺したの?」
最後の一言はきつい口調で言った。くそっ! 奴は知っていたのか。だったら、カルーアはもう‥‥。
バルジアは微かに笑みを湛えたままだ。
「いいえ。無駄な殺生はしない性格なんで。武器は持ってなかったみたいですし。あっ、あの可愛い体が武器だったですか」
「‥‥」
本当かどうか怪しいものだ。しかし、今はそれを細かく考えている場合じゃない。ヘタをすれば、私だって死ぬかもしれない。私は頬を伝う汗も拭わず、鋭い視線をバルジアに放つ。
「‥‥ダイアは渡しません」
「いいえ。貰うわ」
「強情な女性は嫌われますよ」
「レディ・ファーストをしてくれない男性は嫌われるわよ」
「ふふっ‥‥」
「うふふっ‥‥」
均衡は一向に動かない。互いの銃もピクリとも動かない。このままではらちが空かない。どうにかして、隙を見付けなければいけない。どうする?
その時だった。バルジアの背中に面しているドアが突然開かれた。そのドアは私の方からは真正面になっている。そして、そのドアを開けたのはカルーアだった。
「カルーア!」
「‥‥」
私が叫ぶと、バルジアは横目でチラリとだけ見た。そして、ギョッとした顔になった。それは私も同じだった。
カルーアは怒りに顔を真っ赤にしていた。今にも耳から湯気が出そうな程だ。服は着てなく、窓に付けられていたと思われる白のカーテンで体を包んでいる。そして、その手には巨大な銃、小型ガトリングガンが握られていた。
(あの子‥‥あれは置いてけって言ったのに‥‥)
私の頬から一筋の汗が流れる。カルーアがあれを手にしている時、カルーアは完全にキレているのだ。
「てっめぇぇ! 蜂の巣にしてやる!」
カルーアは私の存在に気づいてないのか、ズッシリとしたガトリングガンをバルジアに向かって構えた。黒い十個の銃口がバルジアを捕らえる。ちょっと待ちなさい! そのバルジアのすぐ傍には私がいるのよ! と私が叫ぶ前に、カルーアはガトリングガンをブッ放していた。
ガガガガガガガガガッ!
銃の音とは比べ物にならない音が、車内に響く。そして、次の瞬間には、私の後方のドアは跡形も無く吹っ飛んでいた。無数の弾丸がドアを根刮ぎ削り取ってしまったのだ。
私とバルジアは紙一重でその銃弾の嵐をかわした。しかし、頭に血が昇っているカルーアはそのまま銃口を私とバルジアが移動した方へとずらした。
「うわわわわわっ!」(バルジア)
「きゃああああ! ちょっとカルーア! やめなさい!」(私)
「黙れぇ! 遊びで女をイカせた罪、死んで償えぇ!」(カルーア)
「誘ったのはお嬢ちゃんの方でしょうが!」(バルジア)
「だからぁ! 私まで撃たないでよぉ!」(私)
カルーアは私の事なんぞお構いなしに、ガトリングガンをブッ放す。一秒に百発も弾の飛び出すガトリングガンに対して、かわすなんて芸当が出来るわけがない。逃げるしかない!
壁が次々と削り取られていく。私とバルジアが移動すると、ガトリングガンの銃口も移動する。今だけは彼は私を撃とうとしない。代わりにカルーアに手の中にあるガトリングガンに向かって一発銃弾を放った。
ガン!
鈍い音がした。バルジアの放った一撃は、ガトリングガンの銃口をズラすには十分だった。
「‥‥しまっ!」
しかし、その後の銃口の向きがダメだった。無数の銃弾を吐き続けるガトリングガンの銃口はなんとダイアの入った木箱に向けられた。そして、バルジアが声を発する頃には、既に木箱は砕かれていた。
「ああっ!」
木箱が砕け、中身が散乱する。中身は大量のワラだ。その中にダイアが‥‥無い! 中身はワラだけだ。肝心のダイアがどこにも無い。
カルーアのガトリングガンは弾切れを起こしたらしく、白い噴煙を吹いて止まる。それで、カルーアの方は我に返ったようだった。
「ハッ‥‥私ったら何を‥‥」
「カルーア! カルーア!」
「おっ、お姉ちゃん」
「ダイアが無いわ! どこにあるの!?」
「えっ? えっ? えーーーっ!」
壁半分が無くなり、吹き抜けていく風に舞って飛んでいくワラ。しかし、その中に美しく輝いているはずのダイアが無い。私はワラを掻き分けてダイアを探す。
「渡さないと言ったでしょう」
と、後ろの方で声が聞こえた。私は銃を構えて振り向く。そこには、巨大なダイアを持ったバルジアがいた。その顔には余裕の笑みがある。
「あんた‥‥。あんたもそれを狙って‥‥」
「ご名答。私にも妻子がいましてねぇ。たまには外国にでも行ってのんびりしたいんですよ。そうですねぇ、イギリスなんかいいですねぇ」
ボロボロに砕けた壁を背に、バルジアは余裕の表情だ。私は銃口の先をバルジアの眉間に合わせる。しかし、それでもバルジアの表情は変わらない。
「さあさあ、撃ってくださいよ。そうしないと、逃げますよ、私」
「‥‥くっ!」
一瞬躊躇ったが、引き金を絞った。最後の弾が飛び出す。しかし、弾はバルジアには当たらなかった。虚しく空を突き抜けただけだった。いや、それだけではなかった。バルジアの手に持たれたダイナマイトの導火線にも火をつけていた。
「なっ!」
「はっはっはっ。ビンゴ!」
弾道を予測し、そこにダイナマイトの導火線を持っていったのだ。そんなふざけた芸当など出来るのか? しかし、目の前でたった今、こいつはそれをやってのけた。まったく、何て奴だ。その何て奴がにっこりと笑う。
「ダイアは渡せませんが、こちらは私からのプレゼントです。どうぞ、受け取ってください。では、私はこれで」
そう言うと、バルジアは指を弾いた。その瞬間に、どこからか馬のいななきが聞こえた。そして、バルジアはダイナマイトを残し、列車の外へ身を躍らせた。
見事としか言い様がなかった。バルジアが飛ぶのと同時に、一匹の黒い馬が現れ、バルジアを乗せるとあっと言う間に消えてしまった。正確には消えたのではない。馬が速度を落とした為だ。
「‥‥」
ダイアが離れていく。私の下から離れていく。世界を照らすダイアモンド‥‥。あれがなければ、私の夢は一生夢のままだ。嫌だ。そんなのは絶対に嫌だ。
「こんのやろおぉぉ!」
私はルージュの塗られた唇をギュッと噛み締め、あらん限りの力で床を蹴った。あれは私の物だ。誰にも渡しはしない!
「あんたにはダイアは似合わないわ! これがお似合いよ!」
私はそう叫びながらダイナマイトの所まで走り、火のついたままのダイナマイトを力いっぱい蹴った。ダイナマイトは車外に飛び出し、列車から離れていくバルジアの所へ飛んでいった。
「!!」
「バーーーーカ!」
目をひん剥かせるバルジアに、私は賛美(?)の言葉を送った。その瞬間、オレンジ色の閃光が辺りを覆い、ダイナマイトは大爆発した。距離があった為、列車に被害は無い。しかし、バルジアと彼の馬はもろに爆風を食らい、吹っ飛んで大地に転がった。
列車はもうどこにも無い。私とカルーアは列車から飛び降り、倒れているバルジアの所へ向かった。向かう途中、彼のロングライフルを拾った。もう彼は丸腰だ。恐くも何とも無い。
「‥‥無茶な事をする。衝撃で蹴った瞬間にダイナマイトが爆発するかもしれなかったのに‥‥」
「過ぎた事言うの、やめましょう。思い出したら恐くなっちゃうじゃない」
「‥‥‥‥」
私は埃塗れのバルジアに銃を向け、にっこりと微笑みかける。バルジアは埃を落とそうともせず、私を見て破顔した。そして、ポケットから例の物を取り出す。なかなか潔い態度だ。
「負けましたよ。はい、ダイアです。どうぞ」
「ありがと 」
バルジアは大人しくダイアを差し出す。私はそれを受け取り、銃をホルスターにしまう。そして、クルリと踵を返す。そこにはハレルソンに乗って待っているカルーアがいる。彼女の手にはバルジアのライフルがしっかりと握られていく。
「それじゃあ、さようなら」
「‥‥殺さないのですか? また、あなたの命を狙うかしれないですよ?」
バルジアの問いに答えず、私はハレルソンに乗った。カルーアがギュッと私のお腹を掴む。ハレルソンの手綱を引く。ハレルソンは元気よくいななき、荒野を駆け出す。
「無駄な殺生はしない性格なの! 武器も持ってないみたいだし!」
「‥‥」
去り際、彼の声真似をしてそう叫んだ。カルーアは手にしていたライフルをバルジアの方へ投げた。彼がその銃を手にした時、既に私とカルーアは彼から遠く離れていた。彼の悔しがる顔が見たかったな。
「やったね、お姉ちゃん。これで一生遊んで暮らせるよ」
「そうね。苦労した甲斐があったってもんだわ。あんたもなかなか苦労したみたいじゃない」
「苦労したというか、気持ち良かったというか、微妙だったけど‥‥」
「‥‥‥そうね。ブッ放してたものね、ガトリングガン」
そう言えば、何故カルーアはあんなに怒っていたのだろう? ‥‥イカせた罪がどうのとか言ってた気がする。‥‥まっ、そういう事は聞くもんじゃない。
「ちょっとやり過ぎっちゃったかな?」
「ちょっと‥‥‥ね」
夕暮れの荒野を駆けながら、私は苦笑いを漏らした。
「じゃあ、さっそく換金しよう」
「でも、随分とヤバい品よ。すぐに売れるかしら?」
「任せてよ。ニューヨークにいるアル・カポネっていうキャングのボスがこれ欲しがってたのよ。五十万ドルで買い取るって言ってたわ」
カルーアは自信有りげに答えた。この子はそういう方面に顔が効く子だ。きっと、いい売り先があるのだろう。
私は懐からダイアを取り出す。綺麗にカットされていても、十分に大きく美しい。何の装飾もされていないが、このダイアにそんな物は必要無いだろう。これだけで、このダイアは十分に美しい。夕日を浴び、ダイアは朱色の光沢を放っている。名前の通りだ。
太陽が禿げ山の向こうに沈んでいく。子供の頃から、あの太陽を見てきた。子供の頃から、私はあの太陽が欲しいと願っていた。太陽が手に入らないと知ったのは、恥ずかしい事に随分と成長してからだった。
私は今、その太陽の代わりになる物を持っている。いい気分だ。世界を照らす太陽を握っているのだ。まあ、いつかは売ってしまうのだが、私がこのダイアを手にした事実は変わらない。
私はそのダイアに口付けをした。朱色のダイアに真っ赤なルージュが塗られた。
「‥‥‥さあ、パラダイスへ行きましょうか」
「おおーっ!」
私とカルーアは込み上げる喜びを言葉にして叫んだ。
そして、私とカルーアがそのダイアはバルジアが作った精工な偽物だと気づいたのは、それから三日後の事だった。
終わり
あとがき
西部物が書きたいと思って書いた作品。ちょうどこの頃、漫画界最高のガンシーンを書く事で有名な伊藤明弘さんにハマっていたのも、原因の1つかもしれないですね。本当はエッチシーンは入れたくなかったんですが、明るめの雰囲気だし、まぁたまにはこういうのがあってもいいんじゃないかなと思って。というか、そのシーンが無くなると、ストーリーそのものを変える事になってしまうんでね。
続編がありそうな感じだけど、どうしようかな‥‥。