「Like a Yellow Wings」 その@


第一楽章 「レッツダンス ウィングス!」

 清々しい風が流れ、桜の花びらが舞っている。県立明日野辺高校の校門前には、紺色の学生服に身を包んだ初々しい少年少女達が、少し緊張した雰囲気で歩いている。明日から、この学校で勉学に励む学生達だ。その中には彼らの保護者達の姿も見受けられる。今日は明日野辺高校の始業式だ。
 その様子を、校舎の窓からじっと見ている五人の男女がいた。服こそ同じだが、その物腰からして新入生ではない。
「今年は何人入ってくれるかな?」
 五人の中でも頭一つ飛び出ている青年が、誰に言うでもなく呟いた。
「七人入ってくれないと出来ないのよ、透。何のんきな事言ってるの!」
 五人の中で一番背の低い少女が、口を尖らせて言う。
「ははっ、それもそうだね」
 透と呼ばれた青年は、にこやかに笑った。
 五人は校門前の学生用の看板に目をやっていた。そこには様々な部活動の宣伝ポスターが貼ってある。野球、バスケット、吹奏楽などの部活ポスターがデガデカと貼ってある中、隅っこの方に一際色彩鮮やかなポスターがあった。

 楽しく踊りたい方大募集! やった事の無い人も歓迎! ウィングス!!

 赤や黄色のペンで書かれたその文字は、看板の中でも特に目立っていた。そこだけ、やたらと喧しかった。
「まあ、なるようになるでしょう。やりたくない人を無理に入れても意味無いし」
 透の隣に立っている、髪の毛の短い少女が他の四人を諭すような口調で言う。
「‥‥静香。そんな悠長な事言ってると、踊れずに三年になるよ」
 背の低い少女の後ろで、背後霊のように立っている黒く長い髪の毛の少女がぼやく。静香と呼ばれた少女は、頭をポリポリとかき、
「それは悲しいけど、待つ以外何も出来ないわよ、私達には」
 と、悲しそうに呟いた。
「‥‥そうだけど」
 その後背後霊のような少女は、誰にも聞こえない声でブツフツと何か言っているが、誰も聞いていなかった。
「それより、これからどうする? 俺達、始業式に出る必要ないよ、在学生だし。未森先生にでも会う? きっと寝てると思うけど」
 四人とは少し距離を置いた所にいる、美青年を絵に書いたような青年が口を開ける。
「とりあえず今日は様子を見に来ただけだから、帰りましょうか。先生も新入生の誘導とかで忙しいと思うから、明日会いましょう」
 静香は美青年の方を見て言う。それから、思い立ったように口を開ける。
「あっ、そうそう。希望者が来る日は三日後だから。その日はみんな、ちゃんと部室に来るように。それじゃあ、解散」
 その言葉を皮切りに、背の低い少女と背後霊のような少女が並んでその場から立ち去り、それを追うように美青年も教室のドアから出ていった。残されたのは、透と静香だけだった。
「さてと、私はもう少しここで様子見てるけど、透はどうする?」
「静香がここにいるって言うなら、俺もここにいる。どうせ、家に帰ってもする事無いしな」
 体育館へと消えていく新入生達を眺めながら、透はそう答えた。静香は少し頬を赤らめて破顔した。
「‥‥ありがとう。たくさん入ってくれるといいわね」


 三日後・・・・・。
 その日は太陽の光が降り注ぐ、天気のいい日だった。例の五人は、揃って体育館裏にある部室小屋に集まっていた。
 明日野辺高校は校舎が四つ存在する。その内二つは各教室や教員室のある校舎、そして残るのが体育館と、この部室小屋である。部室小屋は大きなアパートのようになっていて、全部で部屋が二十ある。各部屋ごとに指定された部活動が使用している。彼らが使用している部屋は、一階の一番奥の部屋だった。
 部屋は十畳くらいのスペースで、壁際にロッカー、部屋の真ん中にテーブルとイスが置かれている。壁には色々なミュージシャン達のポスターが貼ってある。
 五人はイスに座りながら、チラチラと扉を気にしていた。
「来るかしら?」
 背の低い少女が腕組みをして、ちょっと怒ったような顔をしている。そんな彼女の様子を、背後霊少女がチラリと盗み見する。
「‥‥先生?」
「希望者の方!」
 背後霊少女の台詞に、背の低い少女が歯を剥出しにして怒鳴る。
「落ち着きなさい、悠。焦っても仕方ないわ」
「‥‥そうね」
 静香の言葉で、背の低い少女、悠はシュンとした態度になる。
「でも、未森先生、何で来ないのかしら? ちゃんと連絡しておいたはずなのに」
「いつもの事じゃないか。気にするなよ」
 心配そうな顔をする静香の肩を、透が軽く叩く。すると静香の顔がフワリと明るくなる。
「それもそうね‥‥。そんな事より、入部希望者の方が心配ね」
「一人くらいは来るんじゃないか?」
 美青年が、素っ気ない態度で言う。どこかつまらなそうな顔だ。
「一人じゃ意味無いじゃん!」
 悠が再び怒りだす。今度はそれを背後霊少女がなだめた。
「‥‥悠。しわ、増えるよ」
「うっさい!」
 全くなだめになっていない言葉に、悠は三度歯を剥出しにした。
 そんな時だった。コンコンと扉を叩く音が室内に響いた。その瞬間、五人は言葉を無くして扉の方を見た。静寂の中、再びコンコンという音が響いた。
「‥‥ハッ! はいはいはい、どうぞどうぞ〜」
 我に返った長身の透は席から立ち、ドアノブに手をかけた。そして、ゆっくりと開いた。そこには。小さな女の子が二人、立っていた。二人共、真新しいセーラー服を着ている。
「君達、入部希望者?」
 長身青年は爽やかな笑顔を見せてそう言う。すると、二人の小さな少女達もそれに応えるようににっこりと笑って答えた。
「はい!」
「‥‥奈々子?」
 透の後ろで美青年が顔に似合わない素っ頓狂な声をあげる。それを聞いて、二人の内、ポニーテールの少女がにこやかな笑顔で手を振る。
「お兄ちゃん! 約束通り来たよ」
「‥‥いつ、約束した?」
「この前、私の心の中で勝手に」
 美青年はポカンと口を開けたまま、ポニーテールの少女、奈々子の嬉しそうな顔を見つめていた。
「龍、妹なんていたの?」
 悠が不思議そうな顔で美青年、龍に訊ねる。龍はいつものポーカーフェイスに戻るが、まだどこか動揺している様子で言う。
「ああっ。別に言う必要なんて無いと思ってたから言わなかったけど」
「‥‥可愛い妹さんね」
 背後霊少女が龍と奈々子の兄妹の顔を交互に見ながら呟く。
「そうかな。俺は別に何とも思わないけど」
「お兄ちゃん、照れ屋ですから」
 透の脇の下からひょっこりと顔を出して、奈々子が言う。それを見る龍の顔は、言うんじゃねえよ、と言いたげだ。
「‥‥君達、二人だけかい?」
 透ははしゃぐ奈々子を微笑ましげに見ているもう一人の少女に言う。その少女は突然の事に、猫のように背筋をビクンと突っ張らせてしまう。
「えっ? あっ、はい。私と奈々子ちゃんの二人だけです」
「そうか‥‥。まあ、いい。歓迎するよ」
 少し残念そうな顔になりながらも、透は無理に笑って、その少女の肩を叩いた。その少女が透の顔を見上げる。
「でも、私達の後をついてくる人がいましたよ、五人くらい」
「えっ? 五人?」
「という事は、七人って事じゃん!」
 驚く透の後ろで、悠が更に驚いた顔をする。悠の顔を見た静香は、誰にやるでもなく、一人力強く頷いた。
 それから、扉は何度もノックされた。そして、その日、合計七人の者が入部希望を申し込んできた。


 次の日・・・・。  
「あらあら、意外にたくさん来たのね〜。でも、これでやっとウィングスの定員数になったわけね〜。良かったわね、静香さん〜。踊れて〜」
 語尾をのばした、不思議な口調の女性が笑った。その隣で静香が満面の笑顔で立っている。
「はい。本当に良かったです。これから、自己紹介とウィングスについて未森先生に話してほしいんですが」
「いいわよ〜。ウィングスってまだまだ知られてないものね〜」
 未森先生と呼ばれたその女性はそう言って、目の前に座っている十一人の生徒の顔を眺め見た。
 体育館はバスケット部の声援で賑わっている。既にバスケ部は二十人以上の入部希望者がいるらしく、コートの端には多くの生徒達がいる。そんな賑わいを余所に、体育館の隅で十二人の生徒がいる。ほんわかとした雰囲気のその女性は、ゆっくりとした足取りで学制服の十二人の下に歩み寄っていく。
 静香は体育座りをしている透の隣に腰を降ろした。それを見た未森先生は、十二人の生徒の前に立った。
 二十代後半くらいで、スタイルは非常に良い。ほのかに茶色く染められた髪の毛は肩を微かにかすめ、僅かにウェーブがかかっている。美人だったが、顔はどこか子供っぽい。常に笑ったような顔のせいかもしれない。着ている服が上下紺色のジャージだからかもしれない。
 十二人の生徒をじっくりと眺めながら、未森先生はゆっくりとした口調で話しだした。
「一年生の皆さん、入学おめでとうございます〜。そして、ウィングスへの入部、どうもありがとうございます〜。私はウィングスの担任の松山未森(まつやま みもり)と言います〜。結婚してますよ〜。人妻ですよ〜。私といや〜んな関係になると不倫ですよ〜」
「‥‥」
 話を聞き込んでいるのか、それともどう反応していいのかよく分からないのか、不思議な沈黙が流れる。そんな事はおかまいなしに、未森先生は言葉を続ける。
「新入生の中でウィングスというスポーツを知っている方、どれくらいいますか〜? 知っている人は手を上げてください〜」
 未森先生がそう訊ねると、二本の腕が上がった。その二人は最初に部室のドアを叩いた奈々子ともう一人の少女だった。未森先生は小首を傾げ、コロコロと笑う。
「あらあら〜。二人も知ってる人がいたなんて、ちょっと意外だわ〜。あなた達、どこでウィングの事知ったの〜?」
「お兄ちゃんがやってるんです」
 そう答えたのは勿論、奈々子の方だ。龍の事を語る奈々子は、とても嬉しそうだ。ふわふわと揺れるポニーテールがそれを証明している。
「そうなんだ〜。知っているあなた達には言う必要は無いと思うけど、知らない人もいるから、これから説明しますね〜」
 未森先生は奈々子の頭を撫でる。奈々子は少し俯き加減で、龍を見つめている。龍はその目を見ようとしない。
 奈々子の頭から手を離した未森先生は一つ小さなため息をつくと、言い聞かせるようなゆっくりとした口調で語りだした。
「ウィングスというのは、一言で言ってしまうと、決められた広さの中で十二人で、音楽に合わせて踊るスポーツです〜。いつどこで生まれたかは分かりません〜。多分、チアガールのダンスとかからヒントを得てるんだと思います〜。でも、このウィングスというスポーツはチアガールとは違います〜」
 その場で右往左往しながら、未森先生は少し偉そうな感じで言う。例の五人は新入生達の方をチラチラと見ている。新入生達はじっと未森先生の言葉に耳を傾けていた。
「踊りだったら何でも構いません〜。形式も自由です〜。大げさな例だけど、ミュージカルとかバレエとか盆踊りでもいいんです〜。まあ、ミュージカルもバレエもスポーツじゃないですけどね〜。でも、ポップな曲でバレエみたいなのやっても、全然いいんです〜。つまり、踊る事なら何でもありなのが、ウィングスなんです〜。勿論、今まで無かった新しいダンスでもいいんですよ〜」
 そう言って、未森先生はすぐ後ろに面している壇上を、ドンドンと拳で叩く。
「広さはこの壇上全体くらいの広さです〜。ここの中でならどんな事をしてもOKです〜。道具を使ってもいいし、衣裳なんかも自由です〜」
 そこまで言うと、未森先生は両手を壇上にかけて、ヨッと声をあげてジャンプし、腰掛ける。
「そして、このウィングスの一番の特徴〜。それはスポーツだけど、決して競技ではないという事です〜。スポーツというのはオリンピックに代表されるように、誰かと争って一番を決めたりします〜。サッカーやテニスとかゴルフとかも、よくワールド何たらとか言って世界一を決めたりしますよね〜。このウィングスというスポーツはそういうのが一切ありません〜。誰かと争って上手とかを決めるんじゃなくて、踊ってる人も見ている人も一緒になって楽しむ〜。それだけなんです〜」
 ほんの少しだけ、未森先生は真剣な顔つきになる。それを新入生も、そして五人の在学生も黙って見つめていた。
「元々、スポーツというのはみんなで体を動かして楽しむ為にあります〜。だけど、ああやって世界一とか決めたら苦手な人はあんまりやりたくなくなっちゃうし、何よりも楽しむという目的が無くなってしまいます〜。一番になった時は、それはとても嬉しいと思います〜。でも、途中で負けてしまった人達とかは、そのスポーツを楽しんでいないと私は思うんです〜。負けて悔しいとか、そういう気持ちばかりになってしまうと思うんです〜。スポーツというのは誰が上手かという事を決める前に、楽しく出来なくては意味がありません〜。ウィングスというスポーツは、その楽しくやるという事を頭に置いたスポーツなんです〜。みんな、分かりましたか〜?」
 子供向けのテレビ番組に出てくるおねえさんのような口振りで、未森先生は人差し指を立ててウィンクをする。在学生五人は、どこか安心した様子で互いの顔を見合わせている。
「はーい」
 新入生達は、未森先生の言葉に力強く頷き、返事をした。未森先生も満足気な顔をして、うんうんと頷いた。未森先生は壇上から降りて、再び十二人の前に立つ。
「それでは、自己紹介をしましょう〜。ウィングスは十二人で踊るスポーツです〜。互いの事を知らないと、楽しくは踊れません〜。じゃあ最初は、二年生の人達からいきましょう〜。名前と特技と趣味を順番に言っていってください〜。では、部長の静香さんから〜」
 そう未森先生が言うと、在学生五人が立ち上がり、新入生の前に立った。そして、静香が一歩前に出た。
 スラッとした長身で、キリッとした顔立ち。どこか大人びた感じは、可愛いと言うより美人という形容が当てはまる。体付きも大人っぽく、スーツ姿が似合いそうだ。首まで届かない焦茶色の短い髪の毛は、そんな彼女にぴったりだった。
「えー、ウィングス部長の田宮静香(たみや しずか)です。部長と言ってもダンスが特別得意なわけじゃなくて、ただ踊るのが好きなだけです。特技は特にありません。しいて言えばリーダーシップをとるのが得意かな? 趣味は踊る事とショッピングです」
「静香さんはとっても頼れる部長さんです〜。みんな、何か分からない事があったら何でも聞きましょう〜。では次、透君〜」
 恥ずかしそうに頬を染めながら頭を下げる静香の肩を、未森先生がポンポンと叩いた。
 静香が一歩下がると、透が前に歩み出た。五人の中でも最も背が高く、がっちりとした体格だが、とても優しそうな顔をしている。耳が出る程の長さの茶色い髪の毛も、彼らしいと言えた。
「ウィングス副部長の下平透(しもひら とおる)です。部長の静香と一緒に入りました。特技はスポーツ全般かな? 野球とかも好きですけど、やっぱし楽しくやりたいって事でここにいます。趣味は音楽を聞く事。最近は洋楽なんかも聞いてます」
「先生が言うのも何だけど、静香さんと透君は恋人同士です〜。邪魔しても構わないけど、先生はどうなっても知りません〜」
 笑顔で未森先生は言う。静香と透は顔を真っ赤にしながらも、未森先生の最後の言葉に変な汗を流していた。
 透が下がり、今度は悠が大股に一歩前に出る。五人の中で最も背が低い。髪の毛の根元から先までド金髪で、その髪は綺麗に耳の上で結ばれている。二本の髪の毛の束が耳の上から生えているかのようだ。その背が語るように、身体全体も少し幼い感じが伺える。胸などはほんのちょこっとしか出ていない。しかし、新入生を見る目は大人っぽかった。
「二年の近藤悠(こんどう ゆう)です。特技も趣味も踊る事です。三度のご飯より、踊る事が好きです。バレエとかは出来ませんけど。ちょっと怒りっぽいって人から言われますけど、みなさん仲良くしてください」
「悠さんはちょっとどころじゃなく、とても怒りっぽい性格です〜。生意気な事言うと骨の一本ぐらい折られますので、くれぐれも気をつけてください〜」
「‥‥」
 のんきに言う未森先生を、悠は額に血管を浮き上がらせながら見つめていた。
 次に背後霊少女が音も無く前に出る。背を隠す程の長い髪の毛は真っ黒で、本当に幽霊か何かに見える。体格もスラッと言うよりはホソッとした感じだ。目もどこかあさっての方向を見ている。
「‥‥雨崎涼(あまざき りょう)です。暗いって言われます。私もそう思います。でも、踊る事は案外好きです。祈祷か何かだと間違われる事もありますけど、雨を降らせた事は一度もありません。‥‥よろしく」
「時々、わけの分からない事を言ったりするんですが、みなさんそんなに気にしないでください〜。サイコな子は意外と面白いものですから〜」
 未森先生の言葉に、涼はふふふふ、と影のある不気味な含み笑いをする。新入生達は皆絶句していた。
 そして、二年生最後として、龍がゆっくりと前に出る。涼とは違う意味でほっそりとしていて、美しい黒髪は目を隠す程にのばされ、瞳の輝きが少し見えづらい。それさえも、彼にとっては美しさ際立たせる要因になっていた。どこかかったるそうな仕草も、女並みに妖艶だ。美青年は静かな声で語りだす。
「二年生の川原龍(かわはら りゅう)です。踊るのは好きです。‥‥喋るのがあんまり得意じゃないんですけど、よろしくお願いします」
 そう言って、龍はペコリと頭を下げた。
「龍君はとっても静かな子です〜。でも、優しい先輩ですので、恐がらずに接してください〜」
 未森先生は龍の頭を少し乱暴に撫でた。それでも、龍の表情はピクリとも反応しなかった。
 二年生の紹介が終わり、未森先生は二年生に定位置につくように命じた。二年生が戻ると、未森先生は少し声を大きくした。
「では、一年生の自己紹介の番です〜。それじゃあ、さっきお兄さんがやってるって言ってた可愛いオチビちゃんからいきましょう〜」
 未森先生は二人で並んでいる、高校一年生とは少し考えにくい少女達を指差した。そのうち、奈々子がビックリした表情でキョロキョロと辺りを見回す。しかし、それが自分だと言う事に気づき、ヘヘヘッと頭をかきながら立ち上がった。
 高校生と言うより小学校高学年と言った感じの少女で、茶色いポニーテールが更に幼さを加速させている。セーラー服もダボダホだ。大きな瞳に小さな口。誰が見ても可愛いと言える、女の子だった。
「一年生の川原奈々子(かわはら ななこ)ですっ! お兄ちゃんがやってるって言いましたけど、それはさっき紹介してた龍お兄ちゃんの事です。お兄ちゃんがやってるのを見て、私もやりたいと思いました! でも、ダンスをやった事は一度もありません! よろしくお願いします!」
 そう元気に言った奈々子は勢い良く頭を下げた。ポニーテールが本物の馬の尻尾のように揺れた。
「あらあら、そうなの〜? 龍君、そんな事一言も言わないし、素振りも見せなかったから分からなかったわ〜」
「‥‥別に言う必要無いと思ったから」
 龍は恥ずかしそうに言う。そんな龍の隣に、奈々子がすり寄る。
「お兄ちゃん、何でそんな事言うの〜。奈々子の事嫌いなの?」
「‥‥そうじゃないよ」
「本当? 良かった!」
 懸命に顔を反らそうとする龍に対して、奈々子の方は龍の腕に頬をスリスリさせている。
「龍君〜。本物の兄妹の間に出来る子供はたいてい奇形児だって噂があるから、気をつけてね〜」
「‥‥何言ってるんだ? あんたは」
 あんぐりと口を開ける龍に、未森先生はホホホ〜、とまったく反省の無い笑顔で笑った。
 奈々子が龍に頬ずりしているのを横目に、今度はもう一人の少女が立ち上がった。
 こちらの少女もおおよそ高校生には見えない。胸と呼べるものなど、これっぽっちも出ていない。黒い髪の毛は肩に届きそうで、それだけ見ると普通だが、その顔が何とも幼かった。奈々子よりも大きな目が真っすぐに未森先生を見つめている。見つめている、と言うよりはそこしか見れない、と言った感じだ。
「えーと、一年生の桃井桜子(ももい さくらこ)です。奈々子ちゃんとは中学の時から一緒なので、ここに来ました。踊りはあんまりやった事はありません。あと、特技は猫になれる事です、はい」
「‥‥猫になれる〜?」
 未森先生は不思議そうに首を傾げる。
「はい。それじゃあ、今からなります。‥‥‥うーん」
 そう言って桜子は前屈みになり、少し危なげな姿勢で力を込めた。すると、しばらくして黒いの髪の毛の中から二つの猫の耳のようなものがぴょこんと飛び出した。偽物のようには見えなく、現に本物の猫耳のようにピクピクと動いている。少し息を荒げながら、桜子は得意気な顔をする。
「はぁ、はぁ‥‥どうですか?」
 桜子がふうと大きなため息をつくと、その猫耳はパッと髪の毛の中に消えてしまった。
「あなた‥‥本当に人間なの〜? まあ、世の中色んな人がいるからいいわ〜」
「いいのか?」
 明らかに不振そうな目の悠が一言呟く。そんな悠には目もくれず、未森先生は続ける。
「では、桜子ちゃんの横に座ってる子、お願いね〜。その次はその隣に座ってる子よ〜」
 そう言われ、桜子の隣に座っていた少女がサッと立ち上がった。
 黒というよりは紺色に輝く美しい髪の毛は、背中を覆い隠す程に長い。突き刺すような鋭い視線が印象的だ。その為か、顔も可愛いと言うよりは美しいと言った方がよかった。
「私、六ノ宮家五代目の長女、六ノ宮乙姫(ろくのみや おとひめ)と言う者です。この度は、剣の道以外にも様々な教養を身につける為にここに来ました。踊りは日本舞踊以外にやった事はありません。趣味は時代劇を見る事です。どうぞ、よろしくお願いします」
「‥‥剣術は天然理心流なの〜?」
「いえ、わたくしの家系は元は幕府側だったもので、坂本竜馬の剣術は習っておりません」
「坂本竜馬の剣術と分かっただけでも、あなたは合格ね〜」
「‥‥何に合格なのか分からないのですが」
「私もよく分からないわ〜」
 にゃはは、と笑う未森先生を見て乙姫も頬を引きつらせて苦笑いをした。
 乙姫が座ると、その隣にいた青年が、はい! と何も言われていないのに大きな返事をして立ち上がった。
 短く切られた髪の毛はタワシのように立っていて、透よりもがっちりとした体格だ。立ち姿勢も軍隊か何かのように一糸乱れない。
「自分は大鳥竹友(おおとり たけとも)であります。踊りはツイストしかやった事がありません! 趣味は戦争映画を見る事であります。好きな映画は“プラトーン”と“戦争のはらわた”です。よろしく、お願いします!」
「ツイストってあなた本当はいくつなの〜? まあ、いいわ〜。ところで、竹友君の好きな拳銃は何〜? 私はコルトガバメントよ〜。“ラストマン・スタンディング”でブルース・○ィリスが使ってたやつね〜」
「自分はデザートイーグルが好きです。あの重量感がたまりません」
「なかなか男らしい趣味じゃない〜。でも、何でこの部に入ろうと思ったの〜?」
 そう未森先生が訊ねると、竹友はその顔に似合わず俯いて頬を赤くする。
「えーと‥‥自分は‥あんまり女性と接した事が無いんで。それで、ここに来れば少しは話が出来るんじゃないかと‥‥。本当に情けないッス!」
「いいわよ〜。そうやってゆっくりと女の子と話が出来ればいいのよ〜。隣の乙姫ちゃんとなんかは色々と気が合うんじゃないの〜?」
 乙姫と竹友は互いを見つめ合う。そして、二人共恥ずかしげに顔を背けた。二人共、こういう事には慣れていない様子だ。それを未森先生は嬉しそうな顔で見つめていた。
「恋愛なんていつでも出来るわよ〜。じゃあ、次の人〜」
 次に立ち上がったのは日本人ではなかった。少しカールのかかった長めの綺麗な金髪は正真正銘本物で、目は透き通るようなブルーをしている。身長もあり、何よりも高校生らしからぬ大きな胸が目立っている。しかし、腰は細く、見事な体だった。
「ワタシ、アメリカから留学生としてやってきたフィールデン・シルビア言います! ダンスはちっちゃな頃からダディーから教わってきました。だから、踊るの大好きです! 
でも、そんなに得意じゃないです。あと、日本語もまだタンノウじゃないです。こっちに来て覚えた言葉はカンチョウとゲザイです!」
「‥‥あんまり必要の無い言葉教えてもらったのね〜。まあ、これから先生が色んな言葉を教えてあげるわ〜。同情するなら金をくれ。とかね〜」
「古いです、先生。古すぎます」
 たまらず悠が横槍を入れる。それでも、そうかしら〜、と未森先生は首を傾げるだけだ。悠はハァ、と一つ大きなため息をついた。
 シルビアが座ると、次に目の細い青年が立ち上がった。細いと言うより線である。決して太っているわけではないが、顔が一言で言うとえびす顔だった。黒い髪はごく普通に中分けだが、耳は福耳だ。見ている方も思わず微笑みたくなるような顔の青年だった。
「えー、一年生の森本福之助(もりもと ふくのすけ)と言います。趣味は食べる事です。一日五回は食事します。でも全然太りません。でも、たくさん運動した後のご飯は最高なんで、ここに来ました。みなさん、どうぞよろしくお願いします」
「いくら食べても太らないの〜? ‥‥ふっざけんじゃねぇぞ!」
「! ‥‥‥」
「というのは冗談です〜。でも、そういう理由で入るのも歓迎しますよ〜」
 一瞬の無の静寂を、未森先生の何の凄味も無い笑いが壊した。福之助は驚いた顔も、相変わらずのえびす顔だった。その顔では、喜怒哀楽もよく分からなかった。
 福之助が腰を降ろすと、最後の少女が立ち上がった。茶色なのか金髪なのかよく分からない、不思議な色の髪の毛は静香と同じくらいの長さで、耳が見えている。顔立ちも静香に負けないくらいの美人だ。体付きもシルビアにひけをとらない、見事なプロポーションで、かけられた眼鏡がキャリアウーマンを想像させる。しかし、彼女は何故だか怒った顔をしていた。
「私、日本でも有数の超お金持ち、天平寺財閥の一人娘、天平寺綾音(てんぴょうじ あやね)と言います。頭脳明晰、運動神経抜群、寄ってくる男の数は星の数にも負けず劣らない! そんな私が何故最後なんですか? 先生。まずはそれを聞きたいですわ!」
 綾音は未森先生を強く指差す。未森先生は口をへの字に曲げて、少し考え込む。
「だってあなたが一番端に‥‥最終兵器は一番最後に出るって相場が決まってるでしょ〜? だからこうなったのよ〜」
「あの、途中まで言ったら何の意味も無いと思うんですけど。まあいいわ。そうね、私は最終兵器だし‥‥って兵器かい、あたしゃ!」
 顔全体を真っ赤にして綾音は激昂する。そんな彼女のスカートの端を福之助が軽く引っ張る。
「綾音、やめなよ。最初からそんな調子じゃ、仲間になれないよ」
「‥‥そ、そうね」
 落ち着いた口調の福之助を見て、綾音はグッと口をつぐむ。そして、無理に笑ってみせる。
「社交界に慣れる為にここに来ました。みなさん、仲良くしましょうね〜」
「福之助さんと仲がいいみたいね〜。お目付け役に見えるけど〜。まあ、そういうのもいいわ〜」
 そこまで言うと、未森先生は一呼吸置いて、十二人全員の姿を一度ゆっくりと見渡した。
 部長でしっかり者の田宮静香。
 副部長でまとめ役の下平透。
 少し怒りっぽい近藤悠。
 ちょっとサイコな感じの雨崎涼。
 寡黙で優しい川原龍。二年生はこの五人だ。
 お兄ちゃんが大好きな川原奈々子。
 猫になれる桃井桜子。
 大和撫子な六ノ宮乙姫。
 戦争マニアの大鳥竹友。
 アメリカからの留学生フィールデン・シルビア。
 えびす顔の森本福之助。
 超金持ちでワガママっぽい天平寺綾音。一年生はこの七人だ。
「‥‥うん」
 二年生は勿論の事、一年生の子達もみんないい子そうだ、と未森先生は思った。今はまだバラバラな感じがするけれど、踊りが始まればみんな一緒になって踊れるだろう。だって、ウィングスはみんなが楽しくなれるスポーツなのだから。楽しくなって、嬉しくなって、嫌な事なんか全部忘れてしまう、とてもいいスポーツなのだから。
「うんうん」
 もう一度、未森先生は大きく頷いた。そして、息を整えると皆に言った。
「みんな、チアガールとかでよく使う黄色いボンボンみたいなの知ってるわよね〜。あれはね、みんなで手を上げてヒラヒラさせると一つの大きな羽に見えるの〜。とっても大きな羽に見えるの〜。一枚の黄色い翼みたいにね〜。みんなもやっていくうちに、その翼の一枚になったような、とってもいい気分になるわ〜。女の子も男の子も関係無いわ〜。
一緒にやればみんなとっても幸せな気分になれるわ〜。それまで、一緒に頑張ろうね〜」
「‥‥」
「もう一度言うね〜。私はあなた達の担任の松山未森って言います〜。これから二年生が引退するまでの一年間、あなた達の事を見守る事になります〜。よろしくね〜」
 そう言って、未森先生は深くお辞儀をした。頭を上げた時、お願いします、と十二個の声が揃って聞こえた。


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