「Like a Yellow Wings」 そのA


「何にしても、十二人揃ったわけだからいいじゃない。俺達が一年の時だって、最初はみんなバラバラだったし」
 焼きそばパンをほおばりながら、透が言う。牛乳をチュウチュウ吸いながら、悠がそんな透を睨んでいる。
「まあ、そうだけど。でも、今年は本当に色んな奴が来たもんよねぇ。どうなる事やら、先が心配だわ」
「‥‥あなたの方が心配だわ」
「黙れ!」
 ラーメンを無音ですすりながら言う涼の頭を、悠の平手が叩いた。その拍子に、涼の口からメンマが一枚飛び出す。
「悠、やめなさいよ。きっと、私達の先輩も心配だったはずよ。でも、結局は成功したじゃない。大丈夫、何とかなるわよ」
 カレーの福神漬けを器用に避けながら、静香がスプーンを動かす。
 自己紹介を終えた次の日の昼食時。食堂は生徒で溢れ返っていた。二、三年に交じって、既に一年生達も食事をしている。食堂内はそのせいで非常にうるさい。そんな中、四人は食堂の隅でテーブルに腰掛けて、食事をしていた。
 四人から席十個程離れた所で、川原兄妹と桜子が並んでカレーをつついている。
「川原先輩。私達はどこで踊るんですか?」
 カレーを口いっぱいにつめこみ、桜子が訊ねる。少し言葉が聞き取りづらい。
「俺にも分からない。学園祭の時は踊ったけど、他にはあんまり特定のイベントは無いんだ。突然、来週やりますよって言った時もあったし」
「そうなんですか‥‥。じゃあ、私達が初めて踊るのがいつかは分からない、という事ですね。はい」
「そんな〜! それじゃあ、私とお兄ちゃんが一緒に踊れる時って、もしかしたら学園祭まで無いかもしれないって事なの?」
 口から食べ物を吐き出さんばかりの勢いで、奈々子がごねる。龍はそんな奈々子の頭をグリグリと乱暴に撫でる。
「一年に三、四回は踊るから心配無いよ。ウィングスの踊りは定評があるから、やりますって言うと意外とたくさんの人が来るんだ。学園祭の時なんかは満員なんだ。プレッシャーを感じた事なんて無いけど」
 そう言うと、龍はカレーを一口食べた。
「だってお兄ちゃん、ダンス得意だもんね」
「違うよ。踊る事自体が楽しいから、成功とか失敗とかは考えないんだ。それに、失敗したって誰も文句は言わないし」
「それがウィングスなんですよね、はい」
 どこか安心したような表情で、桜子が笑った。その笑みを見て、龍は僅かに微笑する。
「そう。奈々子より物分かりがいいな、桜子ちゃんは」
「そうですか? にゃはははは」
「ああっ! ひっどーい!」
 照れ臭そうに笑う桜子と、頬を膨らませて怒る奈々子。それを龍は安堵の顔で眺めていた。
 その三人から更に席十個程離れた所に、福之助と綾音がいた。二人の前には高級フランス料理がズラリと並んでいる。周りの学生が変な目で二人と料理を見ている。そんな視線などおかまいなしに、綾音は上品な手つきでシャケのマリネを食べている。
「綾音、こんな所に来てまでそんな物食べるのやめなよ。周りの人も見てるよ。何だか恥ずかしいなぁ」
「‥‥そう言いながら、しっかり料理をつついているじゃないの、あんたは」
「出されたから食べてるだけだよ」
「それって言い訳って言うの。幼なじみだから言うけど、あんた、少し優柔不断よ」
「‥‥だから、綾音と気が合うんだと、僕は思うよ」
 綾音と話をしながらも、福之助の手は凄まじいスピードで料理を運んでいく。綾音が一口食べた時には、既に福之助は四回も料理を口に運んでいた。しかし、そんな事は前々から分かっていたのだろう、綾音は気にする事無くマイペースに食事を続けている。
「それにしても驚いたよ。綾音がウィングスに入るなんて」
「そんなに意外かしら? 上流階級の人間たる者、何でも出来ないといけないわ」
「そんな事言って、本当は友達が欲しかったんだろ?」
 福之助が落ち着いた口調でそう言うと、綾音はゴホッとむせ返る。
「なっ、何を言ってるのあんた! 私に友達がいないとでも思ってるの?」
「綾音はちょっと突っ張った性格だし、そんなにいないんでしょ? 僕が見ている限り、そんなに多くないと思うんだけど」
「‥‥あんた、たまに思いっきりはっきりと物事言うわね」
「そうかな?」
 福之助は頭の上に「?」マークがついたような顔になる。それを見ながら、綾音はハァと息を吐いて、グラスに注がれた水を飲み干した。


 同時刻、校庭隅。
「タケトモ! タケトモ! それ何?」
 シルビアが蒼い瞳を大きく見開いて、竹友に訊ねる。
「これは缶詰であります。軍人はいつでも食べられる物を常に携帯していけないといけませんから」
 竹友は何かの肉が詰まった缶詰をシルビアに見せる。シルビアはその肉を一切れ摘んで、パクッと口の中に入れた。
「‥‥コレ、食べた事あるよ。アメリカで食べた事あったね」
「はい。元々は米軍兵士の食事ですから」
 そう言って、竹友は大きなサバイバルナイフでその肉を差して、口に運ぶ。
「竹友殿。箸は使わないのですか?」
 その様子を、乙姫が怪訝そうな顔で見つめている。
「箸ではいざ敵が来た時、戦えないじゃないですか」
「‥‥敵とは?」
「‥‥敵です」
 シルビア、竹友、乙姫の三人は校庭の隅にある草むらに腰を下ろして食事をしていた。そこにはいくつかのベンチもあり、三人の他にも何人もの生徒達が食事をしていた。今日は天気も非常に良く、外で食事をする者も多かった。三人がここに来た時、既にベンチは満席で、仕方なく三人は草の上で食事をする事になった。
「オトヒメの料理、とっても美味しそうね。ニッポンって感じがするね!」
 シルビアは乙姫の料理を指差して声を荒げる。乙姫の持ってきた料理は重箱に入っていて、魚の煮付けや漬物、栗ご飯など、如何にも日本料理らしい料理が入ってた。
「お母さまが作ってくれたのです。お母さまの料理は日本一なのですよ。シルビアさんも食べます?」
「食べるね! それじゃあ、この赤いのもらうね」
 そう言って、シルビアは梅干しに手をのばし、口に入れて思いっきり噛んだ。その瞬間、ゴリッという鈍い音がした。乙姫と竹友が、あっ、と声を上げた時には、既にシルビアの顔は渋柿を食べたような顔になっていた。
「ヴヴ〜ッ、すっごいカタイね〜。これ、本当に食べ物?」
 粉々になった梅干しの種をペッペッと吐き出し、シルビアは悲惨な顔で泣きじゃくる。その様子を、乙姫と竹友が何とも言えない顔で見ていた。
「シ、シルビア殿‥‥。梅干しは中に種が入ってるのですよ。食べる時は、種の周りの身の部分だけを食べるんです。‥‥知らなかったんですか?」
「知らなかった〜。それに、すっごくすっぱいねぇ。ワタシ、これキライ!」
「まあ、梅干しと納豆は日本人にしか分からない味だと言うし‥‥。ねぇ、乙姫さん」
「そっ‥‥そうですね。梅干しは慣れてからという事で」
 竹友は持ってきた水筒をシルビアに手渡す。シルビアはそれをぶんどるとゴクゴクと飲み干した。中身はスポーツ飲料だった。飲んで、やって一落ち着きしたのだろう、シルビアは弛んだ顔になっていた。
「ホヘ〜。生き返ったねぇ」
「‥‥梅干しの事は知らないのに、そういう言葉は知ってるのですか。一体誰に教えてもらったのやら‥‥」
 乙姫はこれからの事を心配に思いながらも、栗ご飯に箸をのばした。その様子を、竹友がじっと見ている。その視線に、乙姫はすぐに気づいた。
「‥‥食べますか? 竹友殿」
「えっ? いいんですか?」
 驚いた様子で竹友は乙姫を見る。乙姫はそんな竹友ににっこりと笑顔を送った。
「どうぞ、遠慮しないでください。たくさんありますから」
 そう言って、乙姫は少し俯きがちになりながら、箸を竹友に渡す。竹友はサバイバルナイフを置いて、乙姫から箸を受け取る。受け取る竹友の顔も僅かに俯いている。お互い、視線を合わせないようにしているかのようだ。その様子を、シルビアが不思議そうに見ていた。


 その日の放課後。十二人と未森先生は部室に来ていた。皆、イスに座ってテーブルを囲んでいる。未森先生も例外ではない。服がジャージという事を覗けば、遠くから見ると未森先生も生徒に見えなくもない。
 十三人もいると室内も少し狭く感じられ、何よりもやたらと喧しかった。十二人が一斉に喋りだすと誰が何と言っているのかなどまったく分からない。そんな中、上ジャージのジッパーを開けて、白いTシャツを剥き出しにした格好の未森先生がパンパンと手を叩く。
「はいはい、みなさん静かにしてください〜。これからの事を話します〜」
 そう言うと、にわかに室内が静かになる。未森先生はおもむろにジャージのポケットから一枚の紙切れを取り出し、十二人が囲んでいるテーブルに置いた。十二人は首をのばしてその紙切れを覗き込む。そこには、“ウィンクズ開催日時と使用曲”と書かれていた。
 未森先生は十二人の顔を眺めながら言い出した。
「今から踊る日時とその時に使う音楽を決めたいと思います〜。基本的に踊る日は土曜日です〜。午後は学生さんは授業無いからね〜。日曜日は私は家で寝てるので出来ません〜。音楽は何でもいいですよ〜。ウィングスはどんな曲でも使用出来るように音楽会社から許可を得ているので心配いりません〜。では日時から決めましょう〜。部長の静香さん、何かいい案はありますか〜?」
 そうふられ、静香は席から立ち上がる。
「一年生の子達がしっかり練習出来る期間がないと困るので、大体一ヵ月か二ヵ月先がいいと思うんですが」
「そうすると五月か六月って事ね〜。去年は確か、六月にやって、夏休み開けの九月、あと学園祭の十一月だったわよね〜。五月はちょっと難しいと思うから、やっぱり六月がいいわよね〜。みんなもそれでいいかしら〜?」
 その言葉に、二年生はうんうんと頷く。一年生達も文句を言いたそうな人はいなさそうだ。それを見て、未森先生はジャージの胸ポケットからボールペンを取り出す。
「それじゃあ、日時は六月の半ばぐらいにしましょう。それくらい期間があれば、みんなも綺麗に踊れると思うしね〜。そして、こっちが本題ね〜。使用する音楽よ〜」
 そう言って、未森先生はボールペンを耳の間に挟む。
「音楽なら基本的には何でもいいんだけど、やっぱりやってるこっちも見ている人達も分かる楽曲が好ましいわよね〜。そうすると、自然と使う曲は最近の流行曲とか、すんごく有名な曲になっちゃうのよね〜。まずは、使う曲の前にみんなはどんなタイプの踊りを踊りたいのかを聞きたいと思います〜。じゃあ、明るい感じの踊りがいい人手上げて〜」
 そこまで言おうとした時、不意に乙姫が手を上げた。
「先生殿。その前に一つ聞きたいのですが」
「あら〜? 何かしら〜?」
 乙姫は真剣な目付きで未森先生を見る。
「今までどんな踊りをやってきたのですか? 何でもいい、とおっしゃってますが、何分私達は今までの事を知らないので」
 そう聞かれ、未森先生はボールペンと耳から取り、手の中でクルクル回しだした。
「そうね〜。その事も言っておく必要があるわね〜。まあ、一年生ちゃん達が考えているような踊りはやってきたわ〜。ポップな音楽に合わせてピョンピョン跳ねたりするダンスとか、バラードにのせてゆっくりとバレエみたいに踊った事もあったわ〜。あと、歌詞が一つの物語になっているものなんかの時は、みんな演劇みたいに配役をつけてミュージカルを踊った事もあったわ〜。分かってると思うけど、私達は歌わないわよ〜」
「ふむふむ」
「でも、どの時もその時流行してた曲を使っていたの〜。だから、例え同じ雰囲気の踊りでも、一度たりとも同じ踊りを踊った事は無いわ〜。それに、今回は一年生ちゃんが入って初めてのウィングスでしょ〜? そんなに奇抜なものじゃなくてもいいと思うのよ〜。見ている人を一番びっくりさせる時はやっぱり学園祭の時だしね〜」
「ふむふむ。‥‥分かりました」
 未森先生の言葉にちくいち頷いていた乙姫は、納得したようにイスに腰を下ろした。未森先生は手の中で回していたペンを再び耳の間に挟む。
「では、大体分かったと思うからもう一度聞くわ〜。ポップな踊りがいい人〜」
 そう言われて、全員が綺麗に手を上げた。奇抜なものじゃなくてもいいという未森先生の言葉に影響されたようだ。未森先生はフム、と笑って首を縦にふる。
「じゃあ、ポップな踊りに決定〜。それじゃあ、何の曲にしようかしら〜? この曲がいいって言う人いる〜?」
 十二人全員に未森先生は訊ねる。すると、透が素早く手を上げた。
「はい、透君〜」
「えっと、フロントストリートボーズが今年来日したじゃないですか? 俺、彼らの曲って凄く踊りやすいと思うんですよ。プロモーション・ビデオでも彼らは踊ってたし。彼らの曲がいいと思います」
「ウン! ワタシも彼らの事、知ってるね!」
 透の言葉に、シルビアは強い同調の意を示す。
 フロントストリートボーイズ。アメリカ人男性五人で結成されたコーラスグループで、アメリカ以外の国でも若い世代を中心に爆発的に売れている国際的なグループである。ポップで踊りやすい曲が多く、透の言った通り、プロモーション・ビデオの中でも彼ら五人は軽快なダンスを披露していた。
 透の次に悠が手を上げる。
「私は浜崎まゆみがいいと思うわ。誰でも知ってるし、明るい曲だったら踊りにも十分使えると思うし。それに、知名度だってすごくあるわ」
「私もそれがいいと思いますわ。彼女の曲は歌詞がいいですし」
「それじゃあ、僕も」
 綾音と福之助の二人が、悠の言葉に賛成の手を上げる。
 浜崎まゆみ。現在、大人気の女性歌手で、彼女の出す曲は全てがミリオンを記録する程である。全体的に悲しい歌詞の曲が多いが、時たま出す明るい感じの曲は若い女性達のカラオケの定番になっている。
 悠が手を下げると、今度は龍がゆっくりと手を上げた。
「俺はクレイがいいと思うな。最近、ロックバンドって少なくなったけど、彼らは今でも音楽界のトップクラスにいるし。何よりも、ロックサウンドって踊りやすいんだ」
「お兄ちゃんが言うなら私もそれがいい!」
「じゃあじゃあ、私もそれに賛成です、はい」
 龍の隣の奈々子、奈々子の隣の桜子が一緒になって手を上げる。
 クレイ。男性四人組のロックバンドである。激しい曲から切ないバラードまで数多くこなし、その人気ももはや不動の地位を築き上げている。最近、ロックバンドの数はめっきり減ったが、彼らの人気はまったく落ちない。
 龍がそこまで言うと、他に手を上げる者はいなかった。未森先生は頭をかいて、難しい顔をする。
「アイデアが別れてるわね〜。まあ、それはいつもの事だけどね〜。でも、最初だからみんな文句を言わない曲にしましょう〜。というわけで私が決めます〜。使う曲はモンゴル五〇〇の曲にしましょう〜。彼らの曲はハイテンションだし〜、一年生ちゃん達が恥ずかしさを無くす為にもぶっとんだ曲がいいと思うの〜。どうかしら〜?」
「モンゴル五〇〇も好きだからいいですよ」
 案外、透はあっさりと未森先生の案に賛成した。
「‥‥まあ、最初だからそれでいいわ」
 悠も仕方なし、と言った感じではあったが納得してくれたようだ。
「福之助。モンゴル五〇〇って知ってる?」
「知ってますよ。いい曲が多いですよね、彼らの曲は」
「‥‥そうなの? じゃあ、それでいいわ」
 綾音と福之助も承諾した感じだ。
「モンゴル五〇〇ですか。やるなら少しゆっくりめの曲がいいと思いますよ」
「お兄ちゃんが言うなら私もそれがいい!」
「じゃあじゃあ、私もそれに賛成です、はい」
 モンゴル五〇〇の事をよく知っていそうな龍は、別段文句を言う気配は無さそうだ。
 モンゴル五〇〇。激しいドラムとギターに合わせて、グッとくる歌詞で観客を魅了させる男性三人組みのバンドである。英語の歌詞が多いが、日本語の歌詞はロックなのに思わずホロリとしてしまう歌詞で、最近急に人気の出てきたバンドである。
 誰も未森先生の意見に強い反論意見を出す者はいなかった。未森先生はまたペンを手の中でクルクルと回し始める。
「それじゃあ、モンゴル五〇〇の曲に決定〜。曲は一番ポピュラーな“大きな愛の歌”がいいと思います〜。知らない人はCDを貸しますから聞いてみてください〜。じゃあ、みんながその曲の特徴を掴んでから練習を始めたいと思いますので、練習を始めるのはそれからにしましょう〜。そうね、土日を挟んで月曜くらいから練習を始めましょう〜。いいですか〜?」
「はい!」
 未森先生の問いに、十二人は一斉に返事をした。


第一章・完
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