僕の上にはいつも同じ空があった 高校1年生編3


 球技大会が行われる事になった。男子は野球かバスケットボールかどちかの大会に必ず出なくてはいけなかった。全学級合同で、勝ったからと言って何か賞品があるわけでもなく、皆仕方なくやる事になった。
 古川が野球を選んだので、僕はすぐにバスケットボールを選んだ。だが、古川がほとんどの男子生徒を野球の方に呼び込んでしまった為、バスケットボールを選んだのは僕と高田、松田、佐野。そして、例の学校にほとんど来ないイケメンの彼だけだった。だがバスケは五人でできるので、ちょうどいい数だった。
 イケメンの彼は勉強はまったくダメだったが、スポーツにに関してはずば抜けたモノを持っていた。バスケはそんな彼の得意種目であり、僕らは全てのボールを彼に渡して、後は全て彼に任せる、という方法を取った。
「うっしゃ、全部任せろや」
 この時だけ、彼は元気だった。元気を通り越し、何かオーラが漲っていた。
 大会当日。その日は青い空にスッポリと雲というパズルがはまっているかのような、いい天気の日だった。
 体育館の一角で、イケメンの彼の取り巻きだけがバアバア奇声をあげる中、試合は始まった。自分達のクラスの女の子はほとんど来てくれなかった。イケメンの彼以外、スポーツは馬鹿だ。勝てるはずがない。皆そう思っていたから来なかったようだった。僕達も、そう思っていた。ただの消化試合。そう思っていた。
 だが、試合は一人異常に燃えていたイケメンの彼の大活躍により圧勝した。僕らはイケメンの彼の指導通り、徹底的に彼にボールを渡し、彼はその期待に応えるようにゴールを決めたのだ。
「うっしゃー」
 普段は寝ている所しか見せなかった彼がガッツポーズをしている姿を、僕は初めて見た。
 彼の取り巻きの女の子達はかなり騒いでいたが、彼はそんな取り巻きになど耳すら貸さなかった。
 古川のいた野球の方は一回戦で呆気無く負け、僕らよりも先に暇になった。女の子達も暇な子ができたらしく、ちらほらと次の試合には見に来てくれた。
 一回戦の二時間後、二回戦が行われた。相手は二年生のチームで、皆バスケットシューズを履いていて、かなり手馴れている連中のようだった。
 僕は勝とうが負けようがどちらでも良かったのだが、イケメンの彼が並々ならぬ気合だったので、とりあえずはちゃんとやる事にした。
 試合はかなり苦戦した。こちらはイケメンの彼一人がうまいのに対して、向こうはチーム全員がうまい。勝敗は火を見るより明らかだった。
 だが、イケメンの彼は頑張った。多少ラフな行為にも走り、何とか点差は僅かで済んでいた。
 だが、ハプニングが起こった。ゴールを決める瞬間にタックルを食らったイケメンの彼が相手チームの生徒に因縁をつけたのだ。相手もその喧嘩に乗るかのように因縁を吹っかけ、場内は一瞬にして緊迫した空気になった。
「てめえ、何なんだよ。ああっ?」
「ああっ? やるのかよ、てめえ。ああっ?」
 やたら、ああっ? という言葉を連呼し睨み合う二人。審判を務めていた先生が慌てて二人の間に割って入った。
 結局喧嘩は起きず再び試合が行われたが、それで試合の流れが変わってしまい、試合は負けてしまった。でも、よく一回戦を突破できたものだと、僕も女の子達も感嘆のため息をついていた。イケメンの彼も、試合が終わった瞬間に気合が抜けたらしく、次の日から三日の休みをとり、その後はまたいつもと変わらない日々に戻った。
 大して意味の無い球技大会だった。


 秋も半ばに入り、少し肌寒い季節になり始めた。
 古川の苛めはまだ続いていた。何の意味も無いくせに何ヶ月も続けていて、僕は正直もう辛いとも思わなくなっていた。いちいち辛いなどと考えるのも面倒になっていた。
 三人の友人は相変わらず何一つ手助けをしてくれなかった。ただ、色々と悪口を言われる僕を遠くから見ていた。まるでナチスに連行されていくユダヤ人をただ見ているだけの外国人のように。どうやら彼らはオスカー・シンドラーになる気は無かったようだった。
 でも、ユダヤ人役の僕はそれを悲しいとは思わなかった。何と言うか、人間として正しい事をしてるなと思った。自分だってきっと誰かが苛められていても助けようとは思わなかっただろう。誰だって自分が一番可愛いものなのだ。
 古川も自分が一番可愛いから、可愛くない僕を苛めていたのだろう。
 苛めは無くなる事は無かったけれど、激しくなる事も無く、毎日毎日、古川はサルのオナニーみたいに同じ事をした。でも調子に乗っていたのは彼だけで、他の人間はさすがに飽きていた。僕が無反応だった事、そして彼の行動が一向にエスカレートする事も無かったからだ。
 木城という生徒が同じクラスにいた。地味であまり目立たなかった生徒だったが、独自の世界を持っていて、特に芸術に関する興味は並大抵ではなかった。 特に抽象芸術が好きで、岡本太郎みたいな絵をよく描いていた。
 その彼がある日、
「あういうのをやめるように言おうか? 僕、嫌いだよ」
 と優しい事を言ってくれた。彼はどちらかと言うと僕の派閥に属していたので、それほど予想外の事ではなかったが、こんな時代にまだこんな正義感溢れる事を言う奴がいたのか、と少し驚いた。
 僕はそれを偽善だとは思わなかったし、本当は涙が出るくらい嬉しかった。だがオナニーの最中にちょっかいを出されたサルは何をしでかすか分からないので、
「いや、いいよ。そんな事言うと、君も苛められるよ」
 と笑顔で答えた。別に格好つける気など無く、本心でそう思った。それに、彼の言葉程度でモンキーオナニーが終わるなんて到底思えなかった。
 でも、その態度が結果的に賛同しない人達の同情を集める事になり、僕の生活はまあまあ良くなった。苛める奴とそうでない奴がはっきりして、人との接し方が分かったのだ。それでも古川の苛めは続いて、サルは死なないとオナニーをやめないのだと確信した。


 半年もまるで呪いの言葉のように悪口を言われ続けていたにも関わらず、不思議と死のうと思った事は一度も無かった。苛めがまだまだ甘いものだったのか、意外と遠くから助けてくれる人がいたからか、それとも古川は自分より馬鹿だから仕方無いと相手を蔑む事で頑張れていたのかは分からないが、とにかくそう思う事は無かった。
 あの時死ななくて良かったと本当に思う。あの時死んでいたら、僕は「タイタニック」も見れなかったし、X JAPANの素晴らしさを知る事も無かったし日韓ワールドカップも見れなかった。当然、この小説を書く事も無かっただろう。
 ああっ、本当に生きてて良かった。


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