僕の上にはいつも同じ空があった 高校2年生編1


 神戸で中学三年の子供が三人の小学生を金槌で殴ったり、首を切ったりして殺害した事件が起きた。犯人は酒鬼薔薇聖斗と言う馬鹿みたいな名前のガキで、彼はある漫画が好きだった。名前はその漫画からつけられ、テレビではその漫画が彼にあういう猟奇的な事をさせたと言っていた。
 僕もその漫画が好きだったし、殺したいと思っていた奴はいたけれど、運良く行動には起こさなかった。どうしてなのかは分からない。環境の問題だなんて、半分死んだみたいな顔の大学教授みたいな事を言う気は無い。ただ、神様が僕にその気を起こさせなかっただけなのだろう。だが、神様なんて存在はこの世にいないのだから、単純にそいつが人間としてどうしようもない奴だったのだろう。まだ生きているらしいが、おかしな話だ。
 僕は高校二年になった。
 僕の高校生活史上、いや今までの人生の中で一番色々な事が起こった年だった。この歳が無かったら、今の僕は存在しない。どの歳も無ければ今の僕は存在しないが、今の道を歩もうと決めたきっかけを作ったのが高校二年の時だった。結構高校生らしい生活だったのではないか、と今は思う。
 でも、相変わらず僕は色白のデブの童貞だった。


 高校二年の最初は、まずどんな人達と一緒のクラスになったのかという事から始まった。高校生にとってそれは、童貞や処女を失う事くらい大事な事だった。そう思わない奴も世界に一人か二人はいたと思うが、少なくとも僕はそう思っていた。
 ちなみに僕は童貞を失う可能性なんて万に一つくらいしかなかったので、クラス決めが一番重要だった。
 一年の最後に先生に古川達とは違うクラスにしてほしいと頼んだのが良かったのか、古川とその仲間とはただの一人も同じにならなかった。その代わりなのか、一年の時に仲良しだったあの三人とも別れる事になってしまった。でも、会おうと思えば会えるわけだし、悲しいとは思わなかった。古川達と一緒にならなかったという事の方が遥かに大事で嬉しい事だった。
 結局、親しい人が誰一人いないクラスになった。目の悪い女の子達やイケメンの彼と一緒になる事も無く、まったく新しい環境に身を置く事になった。


 僕にはある思いがあった。今度こそは苛められないようにしよう、という事だ。古川よりももっとタチの悪い奴がいるかもしれない。だから、アニメ好きだという事も漫画を描くという事も隠して、
「映画が大好きな普通の男」
 を演じた。演じていたわけではなかったが、好きな事を少しばかり自粛したのも事実だった。
 それが功を奏し、苛めを受ける事は無かった。これなら映画好きの女の子と一緒になってその帰りにラブホテルに行って、生まれて初めて女の子のアソコを生で見る事ができるかもしれない、と期待していた。
 そんな事はまったく無かった代わりに、今までの僕の友人とはちょっと違う、珍しい友人が四人できた。
 一人は須藤という男だった。ちょっと太めのひょうきんな奴で、いつも学校にギターを持ち込んでいた。別にバンドを組んでいるわけでもなかったのに、彼の趣味はギターを弾く事だった。
「俺さ、布袋寅奏に憧れてるんだよ」
 それが彼の口癖で、僕の知らない音楽を口ずさんで、いつも上機嫌だった。こっちがムカつくくらい上機嫌だった。
 彼はその全てが桁外れで、僕はとにかく彼の行動に度肝を抜かれた。授業中に堂々と中華丼を食べて先生に、
「須藤、お前授業なめてんのか?」
 と怒られたり、「Express」という「表現する」という意味の単語をそのまま「特急」と訳してクラスの爆笑を誘い(本人にその気は無かった)、
「俺はバンドマンになるから勉強の必要は無い」
 と言って、まったく勉強しなかったりと、真面目一辺倒で生きてきた僕にとって彼のキャラクターは強烈であまりにも個性的だった。世間では馬鹿と言われる男だったけれど、馬鹿の一言では片付けられない何かを持っていると僕は感じた。天才は皆、どこか人と違う部分を持っていると言うから、彼はそういうタイプなのだと思った。
 もっとも、これを書いてる今でも彼は天才とは呼ばれていない。
 次が多田である。彼は須藤の友人という関係で親しくなったのだが、彼も強烈なキャラクターであった。ロック音楽とサバイバルゲームをこよなく愛し、須藤と顔を合わせると毎日ロックの話をした。
 特にXJAPANに傾倒していて、
「HIDEは最高だよ」
 といつも言っていた。二人と初めてカラオケに行った時に多田が歌った曲はBACK TICKの「悪の華」とXの「紅」だった。「紅」を歌った時は喉に青筋が走る程、無理なハイトーンをひねり出していた。
 彼は世間で問題だと言われているモノに手を出すのも好きだった。当時話題になり、その後発禁処分となった『完全自殺マニュアル』も彼の愛読本だった。僕も一通り読ませてもらい、水で死ぬ事だけは絶対に嫌だ、という事を重々肝に命じた。他に学ぶモノは大して無かった。
 当時の僕は死ぬなんて事を考えた事も無かった。今でもあまり考えていない。
 次が林田という奴で、これが前の二人は全然違うタイプの男だった。英語の先生から「スタボーン」(物理的に堅い)というあだ名で呼ばれていた男で、頭の中も外もガチガチに固い男だった。何をするにもアホがつくくらい生真面目で、趣味は漫画の『るろうに剣心』を読む事だけだった。将来きっと中堅の会社に勤めるんだろうな、と会った瞬間に思った。
 最後が長谷田という男で、僕達の中で一番頭のいい男子だった。だが、頭がいい事を鼻にかけていて、高飛車な所があり、影で須藤の事を馬鹿にしたりしていた。影だけで表立って何もしなかったので、やっぱり彼は頭がいいなと僕は思った。
 この五人の中で最も女性から嫌われていたのは長谷田だった。一番嫌われていなかったのは、僕と林田だった。
 担任の先生は四十路くらいの女の先生で、世の中にはこれほど優しい人がいるのだろうか、と思うくらい親切な先生だった。明るくて、誰も先生に反感を抱く事も無く、先生もまた一度たりとも生徒を怒る事なんて無かった。
 クラスはいつもほんわかとしていて、喧嘩も苛めも変な思想も何も無かった。古川のような人間としてかなり終わっている奴もいなかった。
 こんな感じで、高校二年生は始まった。

 一年の時とは何もかもが違い、静かだが、慌しい毎日だった。苛めが無くなり、僕は再び漫画を描き始めようとしたが、映画好きで通っていたのを思い出し、やっぱり出来なかった。
 その為、休み時間などは暇で、須藤や多田達と毎日つるんでいた。
 須藤は僕の好みなどは完全に無視して、ギターの弾き方と布袋寅奏の素晴らしさを教えてくれた。GLAYもL´Arc〜en〜Cielも既に人気ロックバンドになっていたが、須藤は彼らをポップスと呼び、嫌っていた。
「いいか、ここをこうするといいんだよ。こうやって指三本でコードを持って」
 そう言って、彼はギターを僕に見せる。いわゆるゾウサン(Z3)ギターというヤツで、アンプも何も必要無い簡単なギターだった。今思えば、ギターを持ってきても没収すらされなかった辺り、我が校の規則の甘さが伺えた。
 我が高校はとにかく規則に関しては甘かった。大学進学率も悪くなく、問題児もそれほどいなかった為、先生達もほとんどの事は見て見ぬふりをしていた。茶髪の奴もいたし、ピアスをしてる奴もいた。女の子のスカートはノーパンシャブシャブのおねーちゃんよりも短くなっていたが、誰も何も言わなかった。きっと右翼がいたって問題無かったはずだ。だが、当時の高校生は連合赤軍に憧れる奴よりも、SMAPに興味のある奴の方が多かった。統括なんて言葉は、きっと僕しか知らなかっただろう。
 だから、先生達は安心していた。
「でな、でな。ここをこうすると……って聞いてる?」
 ポカンとしている僕に須藤は怪訝な顔を見せる。そう言えばギターを教えてもらっている途中だった。
「えっ? ああっ、聞いてる、聞いてる」
別に僕はギターを覚える気なんてまったく無かった。だが、子供は世界が自分中心に回っていると思っている。だから、須藤は自分の考え通りに僕がロックを好きになってくれると信じて疑っていなかった。
「そんな事言っても分からないよ。アニソンにしか興味無かったし」
「アニソン? アニメソングかよ。ガキじゃねえんだからさ、もっと大人の音楽に興味持てよ」
「アニソンだって大人が作ってるじゃん。名探偵コナンの歌歌ってるのはhigh-lowsじゃん。元BLUE HEARTSだっけ? ヴォーカルの人」
「うっせえな! そういう言い訳並べるな」
 須藤は声を荒げた後、また根気良く僕にギターの素晴らしさを説いた。
「でな、その紅って曲の間奏部分のHIDEとPATAのツインギターが死ぬほど恰好良いんだよ。こうチャラチャラチャラってね」
 できないのに、須藤はHIDEのギターの真似をする。でも相変わらず、僕は彼らの音楽の良さが分からなかった。それ以前に、あの時の僕が知っていたXJAPANの曲と言えばアニメ映画『X』のテーマソングとして使われていた「Forever Love」だけだった。
「やっぱりよく分からないな。実際に聞いてみないと」
「そっか。じゃ、さっそく聞いてみてくれ」
 そう言って、彼は僕に一枚のCDを貸してくれた。それがXJAPANの「BLUE BLOOD」だった。正直僕はその場しのぎで言っただけだったが、好意で貸してくれたのを無碍に断るのも失礼だと思って、手にとった。


 家に帰って、CDデッキにCDを入れて再生してみた。正直、あまり期待していなかった。
だが、その衝撃は、天地がひっくり返るほどに凄まじかった。僕の母親がエディット・ピアフを聞いて衝撃を受けたのと同じくらいに、僕はXJAPANに衝撃を受けた。
 強烈なスピード感、格好良いツインギター、超絶なハイトーン。全てが新鮮で魂が震えるのを感じた。世界にはまだまだ自分の知らない事が、僕が何もしなくてもリズム良く回っているなんて大それた事はまったく思わなかったが、とにかく凄い音楽だと感じて、少し小便を漏らした。
 次の日、僕は鼻息を荒くして登校した。
「須藤君。凄いね、エックスジャパンっていうバンド。俺、感動しちゃった」
「だろ? っていうか、遅いんだよ、知るのが。もうHIDEはソロで活躍してるんだぜ」
 須藤は偉そうにそう言った。
 その日以来、僕の人生はXJAPAN一色に染まった。何かに感化されやすい性格だとは言わない。ただ、ロックが当たり前に素晴らしかっただけだ。でも、オアシスみたいなブリッドロックも、エアロスミスのようなアメリカンロックもハロウィンのようなヘヴィ・メタルもその時は全然知らなかった。
 須藤とはよくロックの話をするようになった。だが、いざ僕がロック好きになると、彼は嬉しそうな顔をしなくなった。
「世の中にはさ、もっとすげー音楽があるんだぜ」
 と前までとまるで違う事を言い始めるようになった。
これは後になって知った事だが、彼は自分の勧めるモノを本気で好きになると、逆に拗ねて怒るタイプだった。彼は常に自分が特殊な人間だと思っていて、自分が好きなモノは自分だけが理解できる崇高なモノである、という意識があった。それを感じる為に誰かに何かを勧めていたのだ。
 だから僕が本気でXJAPANを好きになったら、彼は途端に僕に音楽を勧める事をやめてしまった。
 身勝手だとは思ったが、走り出した僕という名の特急列車は止まる事は無く、XJAPANの他の作品やBOOWYなんかも聞くようになった。新しい世界は眩しくて、甘かった。


前のページへ  次のページへ  ジャンルに戻る