「復讐でお前が更に美しくなるなら、私は殺されてもいいんだ」
「なら、望み通りにしてあげる」
 そこまで言うと、切華は紅矢に目を向ける。
「兄さま。洋一郎おじさんはそんな事言ってるけど、やっていいの?」
「‥‥これ以上汚れるな、切華」
 その言葉を聞いて、切華の表情が変わった。そこに美しさは無い。鬼神の如き顔だけがあった。
「これ以上汚れようがないじゃない!」
 切華の体から無数の電撃が漏れ出る。そこらじゅうの物が破壊される。椅子が燃え、天井さえも真っ黒に焦げた。切華が手をかざした。そこには特大の青い光があった。
 その時だった。誰かが後ろから切華に体当たりした。切華は完全に不意をつかれ、前のめりに倒れた。
「誰よぉ!」
 顔も見ず、切華はその人物に電撃を放った。その人物は灰色のコートを着ていた。そして、そのコートが電撃を八方に散らした。
「えっ!」
 切華は目を見開く。その人物は麗だった。
「‥‥なかなかの効果じゃない」
 麗は煙の吹き出るコートを見つめ呟く。それが合図だった。紅矢と明が倒れている切華に向かって走りだした。切華は紅矢達を見ると、素早く立ち上がる。
 紅矢の二本の剣と明の木刀が切華の体に振り下ろされる。瞬時に切華は電撃を鞭のようにして両手に持ち、三本の剣を受け止めた。
「くっ‥‥」
 歯を食いしばり耐える切華。だが、一本と三本。三本の剣がゆっくりと切華の顔に近づいていく。
「切華‥‥頼むからやめてくれ」
 紅矢が囁く。だが、切華は諦めようとしない。
「怒った顔も素敵よ」
 切華は上体を低くして、そして上空に向かって蹴りを放った。その蹴りは電撃をともなっていて、天井に巨大な穴が開いた。その攻撃で三人の距離が僅かに開いた。
 その瞬間を狙い、切華は紅矢と明を通り抜け、一気に洋一郎の元に駆け寄る。その前には葉澄と晃太がいる。
「邪魔よ!」
 切華が青い鞭をしならせる。晃太のノートパソコンに鞭が直撃して、晃太の体が数メートル飛んだ。洋一郎の前にいるのは葉澄だけになった。
「あなた‥‥まだいたの。兄さまに手を出すウジ虫が」
「‥‥」
 葉澄は視線だけで体が切り裂かれるような感じがした。それほど、切華の瞳は殺気に満ちていた。蛇に睨まれた蛙のように、葉澄は何もできなかった。
「兄さまは私の物なのよ。あんたはとっとと死になさい」
 青い鞭が葉澄の体を薙いだ。服が焼け飛び、葉澄はそのまま仰向けに倒れた。
 倒れた葉澄を見届けた切華は呆然としている洋一郎の顔を掴み、ドアを電撃で吹き飛ばすと、そのまま車外へ飛び出した。
「これで二人目ぇ!」
 切華が叫ぶと巨大な爆発が二人を包み込んだ。爆風が車内にまで吹き込んでくる。それはただの爆発ではなかった。肉片が交じっていた。
 窓に寄る紅矢。爆発の中、そこにいたのは切華だけだった。彼女は宙に浮き、体中を真っ赤に染めていた。
 電車は走り続ける。その場にとどまっている切華の姿はあっと言う間に紅矢の視界から消え去ってしまった。消え去る瞬間、切華が振り向いた。その顔ははどこか悲しそうだった。
「‥‥」
 紅矢は切華の姿が見えなくなっても、しばらく窓の外を見ていた。
 後に残されたのは残骸だけだった。燃え尽きた椅子、一つ残らずガラスの砕け散った窓、隅で怯える人々、そして跡形も無く消し飛んだ洋一郎の残骸‥‥。
「葉澄さん、晃太君! 大丈夫ですか?」
 明が二人に駆け寄る。その声で晃太が起き上がる。彼の手にしていたパソコンは真っ黒になっていた。だが体自体は無傷のようで、余裕さえある感じだった。
「ああっ、パソコンがダメになっちまった‥‥」
「良かった‥‥。無事で」
 胸を撫で下ろす明の隣で葉澄が体を起こした。体中のあちこちに黒い焦げ跡が見られ、所々破けていたが、致命傷にはなっていなかった。明が焦げ跡を払い落とす。
「この服‥‥。紅矢さんが用意してくれたんです。絶縁体が縫ってあるからって。それで助かったんだと思います」
 途切れ途切れに、葉澄は答えた。
「二人共、無事で何よりです」
 明は安堵のため息をついた。そんな三人の前に麗が立った。
「久しぶりね。一日だけど」
 麗は紅矢と同じ灰色のコートを着ていた。手には大きなカバンが一つ握られている。葉澄がため息と共に呟く。
「麗さん‥‥」
「良かった。みんな無事で‥‥でも、大変な事になったわね。今回も」
 麗は惨憺たる車内を見渡す。
「そうですね‥‥。それより麗さん。その服は?」
 明が麗の着ているコートを指差す。麗はコートの裾を摘み上げる。
「昨日、紅矢さんが絶縁体が縫い込まれてる服を着てるって言ってたから、私も作ってみたの。私ね、ファッションデザイナーになりたいのよ。絶縁体って探すのが大変だったけど、何とか一日でみんなの分も仕上げたの。是非着て」
 麗はカバンを開け、中から黒いジャンバーを取り出し、晃太と明に手渡した。
「昨日別れたのはこれだったんですね?」
「そう。恐いのは確かだけど、でもあなた達だけ残して行くっていうのも、いい気分じゃなかったしね」
「そうですか‥‥ありがとうございます」
 明は麗に一礼した。
 紅矢は窓の外をずっと見続けていた。明が彼の元に寄る。
「紅矢さん‥‥」
「また、救えなかった‥‥」
 それは洋一郎の事を言ったのか、それとも切華の事を言ったのか、明には分からなかった。


第5章・完
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