エレクトリック・エチュード 第5章


 洋一郎を連れた四人は再び電車に乗った。電車は一番後ろの車両を選んだ。時間がちょうど昼だからなのか、もしくは昨日あんな事件があったからなのか、乗客は少なかった。それでも十人程度はいた。その中に切華の姿は無かった。
「あなた達が紅矢さん達に何をしたのか知りません。でも、きっとそれっていい事ではないと思います」
 電車の中で、立ったままずっと窓の景色を見つめている洋一郎に、葉澄は毅然とした口調で告げた。洋一郎は葉澄の方など、見ようともしなかった。
「それは君達のようにごくごく普通の生活を送っている者の意見だ。私は科学者なのだよ。常に探求心を持ち、機会があれば人間の新しい姿を見たい。それが当然なのだよ」
「紅矢さん達に何をしたんですか?」
「それは紅矢君の了承を得て聞いているのかい?」
 洋一郎が初めて葉澄を見る。その目は冷たく、人間を見るような目ではなかった。まるで病院の時の切華の目のようだ、と葉澄は思った。
 洋一郎は葉澄を一瞥してから、紅矢を見た。紅矢は厳しい顔をしていた。
「私はね、正直死んでもいいと思っている。なにせ‥‥私達の目指したモノが、今目の前でちゃんと生きているんだ。これだけ見れれば、私はもう満足だよ」
「電気人間がお前の望んだモノなのか?」
「その言い方はおかしいと思うが、望んだ結果である事に変わりは無い」
 紅矢の顔が更に厳しくなる。
「だったら自分達がなれば良かったんだ。何故、俺達だったんだ?」
「大人の体ではダメだったのだよ。子供の、できる事なら生まれる前の人間が一番理想だった。それに、君達を指名したのは守だ。恨むなら、あいつを恨め」
「生まれた時から恨んでいるさ」
 守という知らない人物の名前を聞き、葉澄は口を挟めなかった。何となく二人の会話の内容は理解できた。しかし、具体的な事は何も分からなかった。
 電車は穏やかに走っている。このまま行けば、後三十分足らずで駅に辿り着く。
「彼女、来ないですね」
 明が辺りを見回しながら晃太に言う。
「来るさ。来ないはずない」
「どうしてそう思うんです?」
「だって、一昨日の電車といい、昨日の病院といい、手際が良かっただろ? 乗ってる電車まで知ってたんだぜ。だったら、あいつも何か情報を手に入れる方法があるわけだ。だったら、今回だって考えられる」
 晃太は隣の車両にも目を光らせる。晃太の目には、数人の乗客の乗っている。サラリーマン風の男、OLらしき女。やはりその中に切華の姿は無い。
「あいつ、翔べるんだよな。羨ましいね」
「そんないいもんでもないわ」
 その言葉に、四人の体が強ばった。目の前に切華がいた。
「切華‥‥。どうしてここに?」
「車掌さんのお部屋にいたの。兄さま、爪が甘いわよ」
 切華はにっこりと笑って答えた。洋一郎を守るように紅矢と明が前に出る。葉澄と晃太が洋一郎を囲む。
 そのただならぬ雰囲気に、周りの乗客達も目を向け始める。彼らに対して、切華は大声で言った。
「皆さーん。運が悪かったですね。この電車は次の駅までは行きませんよ」
 その瞬間、切華の体全体が青く光り輝いた。そして、それは無数の閃光となり、車内を駆け巡った。窓という窓が割れ、蛍光灯も粉々に砕けた。
「きゃぁ!」
「うわぁ!」
 数人の人が断末魔の叫びと共に割れた窓から外に吹っ飛んだ。電車は走り続けている。彼らの姿は一瞬で見えなくなった。
「やめろぉ!」
 紅矢が青い剣を手にして、切華にかかっていった。剣が切華の肩口目がけて振り下ろされる。が、それは切華が出した右腕によって受け止められた。剣を握る切華の手から凄まじい電気が放出される。
「凄い‥‥。まさかこれほどとは‥‥」
 洋一郎は感嘆の声を漏らす。しかし、その声は誰にも聞こえなかった。車内は爆音に満ちていた。
「切華、他人を傷つけるのはやめろ」
「兄さま‥‥。私はね、私達の事を知らずにのうのうと生きてる奴らも大嫌いなのよ」
「‥‥」
 紅矢は剣を素早く引き、再び斬撃をくわえる。だが、それは再び切華の手に受け止められる。紅矢はめげずに何度も何度もそれを繰り返す。手と剣とが触れ合う度に青い閃光が舞った。
「はああ!」
 その瞬間、横から何かが切華目がけて突進してきた。それは明だった。明は木刀を低く構え、下から突き上げるように切華を狙った。木刀が切華の脇腹に叩き込まれた。
「ぐっ!」
 切華は呻いて屈み込む。その瞬間を狙い、紅矢が剣を力強く振り下ろした。が、切華は瞬時に車床を蹴って斬撃をかわし、二人から距離を置いた。剣が空を切った。
 刹那、車内が静まりかえった。生き残っている人々は車内の隅の方を身を寄せ合い、目の前の出来事に声もあげられなかった。
 紅矢と明が並んで、切華と対峙する。その距離、約五メートル。切華はゆっくりと息継ぎをしながら二人を睨み付け、にたりと笑う。
「二人がかりなんてずるいわよ」
「黙れ」
 紅矢が構える。今まで一本だった剣が二本に増え、片手に一本ずつ剣を構える。それでも切華の表情は変わらず太々しい。余裕の笑みで葉澄と晃太の後ろにいる洋一郎を見る。
「お久しぶりね、洋一郎おじさん」
「ああっ、美しくなったな、切華君。それにこんなに力も増えて‥‥嬉しいよ」
「そう? 私は全然嬉しくないわ。もっとも、この力があるからおじさん達に復讐ができるんだけどね。ふふっ、何だか変な話よね。自分をこんな体にした奴らに復讐する為に、その体を使ってるんだもの」
 切華の顔が恐ろしく、しかしそれでありながら美しく輝く。それを見て、洋一郎は恍惚とした表情になる。
「復讐でお前が更に美しくなるなら、私は殺されてもいいんだ」


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