「あっ‥‥皆さん」
外に出ると明、晃太、麗の姿があった。皆、二人の姿を見ると笑顔を見せた。
「やっと来たか。いやぁ、さっきまでマスコミに囲まれて凄かったんだぞ」
晃太が首の骨をポキポキと鳴らす。警察署前にマスコミの姿は無かった。晃太の話だと、ついさっきみんな署内の方に入って行ったと言う。
「きっと会見を開くのよ。素直に事実を言ってくれるかは分からないけど」
麗が署内を覗き込む。
「それは警察に任せて俺達は次に行こう。手遅れになる前に、だ」
「その話なんだけどさ、ここにいるよ。その次の人が」
「‥‥えっ?」
晃太の言葉に紅矢は驚きを隠せない。明が横にずれると、そこには紅矢にとっては見慣れた人がいた。女性だった。
その女性は洋一郎と同じく白衣を着ていた。長い髪の毛は美しいウェーブを描き、肌にはまだ艶があった。そのためか、女性の年齢は一度見ただけでは分からなかった。女性は紅矢の姿を見ると、わざとらしく手を振った。
「いい男になったじゃない、紅矢君。一年ぶりかしら」
「神崎‥‥何であんたがここにいるんだ?」
女性、神崎美奈子は呆然とする紅矢の前に立ち、上から下までじっくりと眺める。
「テレビで見て思ったのよ。ああ、ついにあの子達が行動を始めたんだって。それでここにくれば、何か情報が得られると思って。でも、まさかあなたと切華ちゃんが争ってるなんてね」
「誰のせいだと思ってる?」
飄々と語る美奈子に、紅矢は鋭い目を向ける。だが、美奈子に動揺は無い。
「私達ね。でも、守さんがいいと言ったのも事実よ」
また守という人だ。葉澄はそう思った。洋一郎の時もその名前が出た。どうやら、その守という人が紅矢達に何かをした張本人のようだ。
その名前が出て、紅矢の顔が更に険しくなる。
「だがあんたも間違いなく狙われている」
「分かっているわ。だから私をどこか安全な所に連れていってくれるんでしょ? この子達に聞いたわ。どこなの?」
美奈子は晃太達を指差す。
「俺の家だ。勿論、切華はそこを知らない。借りる時も偽名を使った。ネットからでは絶対に場所を絞り込めない」
「ふうん、そうなんだ。でもそこって都会の真ん中なんでしょ? もしもの事を考えて、私の案に乗らない?」
美奈子は紅矢の肩を叩く。今までに一番馴々しい人だ、と葉澄は感じた。それにいい男になったとか、そういう事も平気で言う。葉澄はこういうタイプの女性が嫌いだった。
「どこなんだ、それは?」
美奈子の言い分に納得したのか、紅矢は素直に聞いた。
美奈子の運転する車は街を抜け人里離れた山の中に入り、やがて山の斜面に一件だけ立つ家に辿り着いた。他に人工的な物は山の斜面を蛇行して走る道路以外無い。確かにここならば、例え切華が来たとしても被害は少なくて済みそうだった。
別荘よ、と美奈子は告げた。着いた時、既に日は暮れかけていた。
室内は広く、部屋も沢山あった。しかし、紅矢の部屋と同じようにどの部屋も必要最低限の物しかなく、余分な物は何一つ無かった。
美奈子は五人を家の中でも最も大きな部屋に案内した。居間とキッチンが一つになっている構造で、二十畳近くあるのにテーブルとソファが二つ、そしてテレビしか置かれていなかった。キッチンにも食器類は少ししかない。生活感の欠ける部屋だった。
五人はソファに腰掛ける。
「あの二人はあまり警戒してなかったみたいだけど、私は違うわ。いつかあなた達なら復讐に来ると思っていた。だから、常に万全の準備を整えてあるの。電気製品はなるべく置かないようにして、布製の物には全て絶縁体が編み込まれている。非合法だけど、銃だって用意してあるわ」
美奈子は冷蔵庫から缶詰や飲み物を出しながら言う。ソファに座った五人はそんな彼女の言動をじっと見守っている。
「あなた達、食事は済ませたの? まだなら缶詰だけどあるわ」
様々な缶詰がテーブルの上に置かれる。魚、肉、ご飯の缶詰までもあった。それを奪うようにして五人は食べた。考えてみれば、今日は朝食以来、まったく食べ物を口にしていなかった。
その様子を、美奈子は楽しむように見つめていた。
「たくさんあるから、そんなに急がなくてもいいわ」
「‥‥何でそんなに余裕があるんだ? あんたは」
缶詰を口にしながらも、紅矢は厳しい目を美奈子に向ける。
「まあ、いつかはこんな日が来るとは思っていたから。別に慌てる程の事でもないわ」
「洋一郎は死んでもいいと言っていた。あんたもそのくちか?」
「まさか。私はまだ死ぬ気は無いわ。あいつらにとってあの実験は人生最後の大一番だったみたいだから、精根尽き果てたんでしょう」
余裕の笑みでビールを飲み干す美奈子。紅矢は苦い顔で、缶詰を口にした。
「‥‥紅矢さん。少しくらい話してくれませんか?」
明が食べかけの缶詰を置く。晃太、麗、葉澄も一端手を止める。四人にとって、今の紅矢と美奈子の会話は雲を掴むような話だった。
「言いたくない事は言わなくてもいいです。でも、このまま何も知らないというもの、居心地が悪いというか‥‥」
四人の目が紅矢に集まる。紅矢の目が行き場を無くし、当ても無くさ迷う。
「もう何となく察しはついてるだろう? 実験って言葉、それから全てを察してくれ」
「もっと話してあげた方がいいんじゃないの?」
美奈子が煙草を吸い出す。
「話したところでしょうがないだろう」
「この四人はあなたの事を信頼してるわよ。それに事件にも首を突っ込んでる」
「‥‥」
「最近の子はね、悩みを他人に打ち明けて自分を癒そうとするものなのよ」
「‥‥」
紅矢は葉澄を見る。葉澄の黒い瞳は微動だせずに、紅矢を見つめ返していた。その目が何を言おうとしているのか、紅矢にはよく分かった。
紅矢は缶詰を置き、立ち上がる。
「あんたが話してくれ。俺はその間、外にいる」
美奈子の答えを聞く前に、紅矢は部屋から出ていってしまった。美奈子は苦笑いを漏らした。
「まったく‥‥。相変わらずだわ」