「終わったのか?」
「大体の事は聞きました」
「そうか‥‥」
紅矢は夜空に煙を吐き出した。紅矢は別荘から少し離れた所にいた。周りにはただ木々と暗闇があるだけ。夜空には月と星が瞬いている。
「一つ、聞いていいですか?」
「いいよ」
「紅矢さんが私と二人きりでマンションに連れていってくれた時、愛していた女性が死んだって言ってましたよね。この事件は別に一人って。それって‥‥お母さんの事ですか?」
葉澄の口調に戸惑いは無かった。
「そうだ。今から数週間前、切華は実の母親を殺した」
紅矢の口調にも戸惑いは無かった。
「理由は、紅矢さんに対する愛情ですか?」
「そうだ。あいつは俺を愛しているんだ」
振り向く事無く、淡々と語る紅矢。葉澄もそれほどの驚きは無かった。十分に予想できた答えだった。
「あと、もう一つだけ、いいですか?」
「一つと言わず、いくつでもいいよ」
「美奈子さんから経緯を聞いた時思ったんです。どうして、紅矢さんは切華の側につかなかったんだろうって。それって、切華が母親を殺したからですか?」
言いにくかった。しかし、それがどうしても気になった。あれほど妹を大事にしている紅矢が、何故その刃を妹に向ける事になったのか‥‥。
紅矢は振り向き、葉澄を見据える。少し、瞳が濁っていた。
「前に言わなかったっけ? 昔の切華に戻ってほしいって。母さんの事も関係無くはないけど、一番大事なのはやっぱりあいつ自身の事だ」
「でも凄く仲がいいんですよね。それなのにどうして‥‥」
「昔の切華に戻らないのなら、殺してしまたいだけさ」
「えっ?」
一瞬、言っている意味が分からなかった。殺してしまいたい? 紅矢さんが切華を? 愛しているのに?
「君にはきっと分からないよ。この気持ちは」
「‥‥」
分からない。葉澄は思った。自分の思い通りにならなければ殺したいと思うのか? そんな事は無い。だったら、切華と同じだ。何も違わない。
葉澄は口を開ける。何か言いたい。でも、何と言っていいのか分からなかった。
「さあ、明日もきっと早い。もう寝よう」
葉澄の言葉を待つ事無く、紅矢はそう言って別荘に戻っていった。葉澄はただそんな紅矢についていく事しかできなかった。
「切華、ここに来た時決めたじゃないか。ひっそりと暮らそうって。どうしてそんな事言うんだ?」
雨が降っている。その雨の中であっても、轟々と燃える死体。ドラム缶の中で焼かれる、紅矢と切華の母親。その死体から吹き上がる黒煙。それを見つめながら、切華は紅矢の手を握る。
「お兄ちゃんがどうして耐えられるのか、私には分からないわ。今までずっと閉じこめられいて、どうしてそれでも平気でいられるのか」
「‥‥復讐して、それで何が変わる?」
「何も変わらないわ。でも、やらないと、私は私ではいられなくなる」
切華は紅矢の背中に顔を埋め、呟く。濡れた服から、切華の体温が伝わってくる。
「何もしなくても、お前はお前だ」
「私は復讐したいと願っている。それに従わなければ、私は私じゃなくなる」
「そんなの、身勝手だ」
「かもね」
紅矢に切華の顔は分からない。だが、どんな顔をしているのか想像できた。
「ごめんなさい。今までお兄ちゃんの言う事だったら何でも聞いてきた。でも、これだけは譲れない。これはずっと前から考えていた事なの。やつらに復讐したい。自分をこんなにして、それでも生きているあいつらが、私は許せない。どうしても許せない」
「‥‥」
「全てが終わったら、またお兄ちゃんの所に戻ってくるから」
「‥‥」
紅矢は何も言わなかった。雨は降り続いていた。