切華は言葉が出なかった。信じられなかった。あの研究員の中に自分の父親がいた事。そして、目の前の女性が自ら進んで実験台になった事。全てが信じられなかった。
「‥‥嘘でしょ? 何で自分からなろうなんて思ったのよ?」
「あなたが紅矢を愛しているように、私も守さんを愛していた。だから、あの人の実験を成功させたかった」
「‥‥電気人間を創るのが、お父さんの夢だったわけ?」
 泉を睨み、テーブルを叩く切華。手から青い光が漏れ、テーブルは粉々に砕け散った。それでも泉は言葉を続ける。
「お父さんは人間の新しい未来が見たかったのよ」
「そんなの‥‥勝手よ! それで私達がどれだけ辛い思いをしたか‥‥」
 涙ぐむ切華。新しい未来? 十七年間も閉じこめておいて、未来? ふざけている。そんなつまらない理由で、自分はこんな体にされたのか? 切華は悔しくてたまらなかった。
 泉は砕けた茶碗を拾いながら、涙声で続けた。
「本当にすまないと思っているわ。でもね、決して悪気があったわけじゃないの。仕方なかったのよ。あなたが‥‥事ある毎に電撃を使って、研究員達を傷つけるから‥‥」
「私が悪いの? 何の事実も知らされず、研究所に閉じこめられていた私が? 私が大人しくしていれば外に出られたってわけ?」
 今までたまっていたモノが爆発したように、切華はまくしたてた。まるで玩具ではないか。自分達の思い通りにならないから閉じこめておく。紅矢は大事な親だと言っていた。
でも、親なんてやっぱり大事でも何でもない。ただ、自分達の都合で子供を支配する。
 これまでの十七年間。自分はこんな大人達に飼われていた。切華の怒りは頂点に達しようとしていた。
「どうして六年前、突然姿を現したの?」
「それは‥‥気丈の激しいあなたを見て、研究員の人達が母親と会わせれば少しは落ち着くんじゃないかって思ったからよ」
「じゃあ、やっぱり私が悪いんじゃないの!」
 何故自分が悪いのか。切華には理解できなかった。閉じこめておいて、暴れるからより閉鎖し、落ち着かせるために母親をあてがわれた。犬みたいだ。保健所に連れていかれる野良犬だ、私は。
「お兄ちゃんは知ってるの?」
「えっ?」
「お兄ちゃんはその事を知っているの?」
「‥‥私が進んで実験台になった事だけはまだ話してないわ」
「どうして話さないの?」
「今の紅矢には辛いだろうと思って」
「じゃあ、どうして私には話したの?」
「あなたが紅矢に話してほしいの。私じゃ話せないわ。あの子は私を信頼してくれてる。
辛いのよ」
「‥‥」
 それを聞いた時、切華の中で何かが切れた。この人は紅矢の事を愛している。だから言えない。自分だけが愛していい男を、この女も愛してる。
 そんなの、絶対に認めない。
 そう思った時、切華は泉をその手にかけていた。
 電撃で体中を麻痺させ、鞭で体中を引き裂いた。その時、泉は一切抵抗しようとしなかった。何も言わず、ただ少しだけ悲しい顔をして息絶えた。
「はあ‥‥はあ‥‥」
 三人の科学者、この女、そしてあの父親さえ変な事を思わなければ、自分は悲しい思いをしなくて済んだ。子供の頃から今のような生活ができた。あいつらさえいなければ‥‥。
 この時、切華は心に決めた。あの四人を殺し、そして紅矢と二人っきりで生きよう、と。あの四人を殺さないと、自分は本当の自由を取り戻せない。死ぬまで、呪縛から抜け出せない。自分に実験をした四人を殺し、全てから解放されたい。何に捕われる事も無く、自由に生きたい。
 紅矢が家に帰ってきた時、切華は紅矢にこう告げた。
「お兄ちゃん。私達、自由になりましょ」


 その日は雨だった。どんよりとした灰色の雲がたれ込み、街全体が海底の底深くに沈んでいるようだった。
 葉澄はベッドの中で目覚めた。時間は朝の九時だった。飛び起き、急いで紅矢の姿を探す。昨日はソファの上で横になっていた。しかし、今はもうそこにはいなかった。
「紅矢さん?」
 葉澄は紅矢の名を呼ぶ。だが、返事は返ってこない。葉澄は途端に胸が締め付けられるように痛みだし、ベッドから降りて、急いで他の三人のいる部屋に向かった。


「いなくなった? いや、何も聞いてない」
 守の回答は葉澄の納得のいく答えではなかった。
 部屋には諏訪達を除く全員が集まっていた。麗、明、美奈子、守。皆、朝から沈痛な面持ちだったが、葉澄が駆け込んできて、それはにわかに騒然とした。
「周りの人に危険が及ぶのを避けるために、一人で別の場所に行ったんでしょうか?」
「でも、切華の狙いはここにいる二人でしょ? 彼女がそっちを狙うなら、紅矢さんはここにいるんじゃないですか?」
 明の考えに、葉澄が早口で言う。葉澄の心臓は誰かに捕まれているように動悸が激しかった。一体、あの人はどこに行ったのか? 葉澄には見当がつかなかった。晃太を助けに行ったのだろうか。しかし、美奈子と守を置いて行くとは思えない。
「彼女と互角に戦えるのは紅矢ただ一人だ。最初に彼を殺してしまえば、後は簡単だ。それを考えて、一人で先走ったのかもしれない」
 守が煙草を手にしながら冷静に答えた。葉澄は肩を竦め、唇を噛んだ。
 その時だった。部屋の電話がけたたましく鳴り響いた。守がそれを受け取る。
「はい‥‥。そうか、分かった。私達もすぐにビルから出る」
 そう言うと、守は電話を切った。誰が電話をしてきて、そして何を告げたのか、大体想像がついた。皆に緊張が走った。
「諏訪刑事からだ。切華が今、このビルの屋上にいる。紅矢もそこにいる。何をやるつもりかは分からないが、今すぐここを出た方がいい」
 その言葉に切華の胸の蟠りが溶けた。だが、もう既に戦いは始まっている。そう思うと
また胸が痛んだ。
 五人はすぐに部屋から出た。その時、放送があった。
「ただ今、このビルの屋上で火災が発生しました。ビルの中にいる人はすぐに避難してください。繰り返します‥‥」
「もう始まったの?」
 麗が口を尖らせる。
「いや、まだだ。しかし、これから何が起きるか分からない。だから、あういう放送にしてもらったんだ。それよりもみんな、早くエレベーターに乗るんだ!」
 守は叫び、四人をエレベーターの中に詰め込んだ。


第11章完
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