その瞬間、切華の体が真横にブレて、突然倒れた。倒れた切華は、衝撃の飛んできた方向を睨み付ける。そこには高次と麻子が立っていた。その手には拳銃が握られていて、銃口からは白い煙が吹いていた。
「今のうちに早く!」
高次が叫ぶ。明が守の手を取り、麗が美奈子の手を取って切華から離れる。その後に葉澄と紅矢が続いた。
「ったく」
切華はゆっくりと立ち上がる。高次が再び引き金を引く。しかし、銃弾は切華には当たらない。眼前でその軌道を変えてしまう。だが、それでも高次と麻子は引き金を引き続けた。
「いいか。とにかく離れるんだ。建物の中とか、瓦礫に隠れながら逃げるのもいい」
「はい!」
逃げながら、紅矢が葉澄達に言う。葉澄は紅矢の目をじっと見つめ答える。
「ねえ、紅矢さん。これが終わったら、デートしません? 三人で」
「そいつはいい考えだ」
「ですよね」
葉澄はこんな情況なのに、思い切り清々しい笑顔で言った。紅矢は立ち止まり、同じように笑い、そして五人を見送った。
高次と麻子の後ろに無数のバトカーが止まる。その中からショットガンなどを持った警官達が数十人出てくる。道路はパトカーでいっぱいになり、それはバリケードのようだった。その様子を、切華は黙って見つめていた。その口には不気味な笑みが浮かんでいた。
「全員撃てぇ!」
高次が叫ぶと、警官達は切華に向かって構え、躊躇無く銃やショットガンを撃ち放った。凄まじい銃声が幾重も重なって都会に鳴り響いた。逃げ遅れた人々が悲鳴を上げて、その場にうずくまる。
しかし、無数の弾丸は切華の体に当たる事無く、明後日の方向に飛んでいった。その数発が逃げ遅れた人々に当たり、辺りはより騒然とした。切華の身を囲む、青い泡のような光。それが銃弾を反らしていた。
「あんた達‥‥邪魔しないでよぉ!」
切華は絶叫し、両手に電撃の鞭を構えた。それが道路の両端に立っている電灯に絡み付き、引き抜いた。そして、二本の電灯は空を舞い、凄まじい勢いでパトカーに落ちていく。
「うわぁ!」
二台のパトカーが串刺しになり、爆発し、警官達は蜂の巣を散らしたように逃げ惑う。それでも、正気を保っている者達は銃の引き金を引き続けた。
「何もできない野郎共が‥‥うるさいのよ!」
切華が力を込める。鞭に絡み付いた電灯は再び宙に舞い、巨大な槍の如く別のバトカーに突き刺さり、何度も荒れ狂う。銃弾は相変わらず擦りもしない。少女一人の前に、警官達は何もできなかった。
「バーカ!」
切華は大口を開けて笑う。そんな切華の腹部に強烈な衝撃が走った。
「がっ!」
何歩か後退りする切華。そんな切華の腹部から数発のゴムの弾が落ちた。
「やった、効いた! ゴム製ならもしやと思ったけど」
パトカーの影から麻子が思わず叫んだ。彼女は殺傷性の無いゴム製の銃弾を撃ったのだ。殺傷性は無いが、痛みは相当のものだ。その隣で高次も銃を構える。勿論、その銃弾はライオット弾だ。
「よくやった! 麻子!」
「やかましい!」
高次の放った銃弾は、切華には当たらなかった。磁場ではない。切華が自ら高速で動いて、その銃弾をかわしたのだ。
切華は大地に手を置いた。その瞬間、蒼い電撃が大地を走り、そして天にまで駆け昇った。雨だ。道路に溜まった雨、そして降り続ける雨。切華は雨に電撃を走らせたのだ。
「きゃああ!」
「がああ!」
それはかわす事などできない。一瞬で辺りを包み込む電撃の雨。麻子と諏訪は身悶えする。全てのパトカーのエンジンが炎を吹き、警官達やその場にうずくまっていた人々全員が電撃を食らった。
荒く息継ぎをする切華。その体からは白い煙が立ち上っていた。切華だけではない。そこらじゅうから湯気のような煙が上がっていた。倒れたまま動かない高次と麻子の体からも、煙は上がっている。その攻撃で警官達は完全に沈黙した。
切華はゆっくりと立ち上がり、髪を掻き上げた。予想以上に手間取ってしまった。急いで守達を探さなくては。そう思って振り向く。
「ま‥‥て‥‥。この野郎」
その声に切華は立ち止まり、沈黙したパトカーの群衆に目をやる。そこには体中から白い煙を吹き上げながらも、立ち上がり銃を構える高次がいた。
「‥‥まだやる気なの?」
「うるせえ! 友子を‥‥友子を返せ!」
銃を撃ち放つ高次。だが、その銃弾は簡単にかわされる。それでも、高次は銃を降ろさない。
「友子‥‥。誰か知らないけど、不運だったわ」
「うるせえって言ってるんだよぉ! お前に‥‥大事なものを失った人間の気持ちなんて分かるかぁ!」
銃弾が空になっても、高次は引き金を引き続ける。その目には涙が浮かび、その顔には鬼さえも怯む決意が満ちていた。
銃弾が止み、切華の動きが止まる。その顔にも決意が伺える。それは、高次に決して勝るとも劣らぬ、悪鬼に似た顔だった。
「‥‥私はね、生まれた時から失うものなんて何一つ持ってなかったのよ!」
切華の右手が光り輝く。そして、その手に落ちる雨粒が青く弾かれた。その瞬間、青い電撃が大地に落ち、高次の全身を包んだ。
「ああああ!」
絶叫する高次。絶唱が雨降る街に降り注いだ。
電撃の雨が止み、高次はその場で俯せになって倒れた。ピクリとも動かない。それを荒い息継ぎをしながら見下ろす切華。
「でもね、そんな私にだって‥‥理由があるのよ」
そう呟く切華。そのすぐ後ろに、紅矢の姿があった。紅矢は剣を振り上げていた。
剣が空を切り、道路に突き刺さる。その一撃でコンクリートの破片が宙に舞った。切華はその斬撃を紙一重でかわしていた。だが、紅矢はすぐに道路を蹴り、まだ態勢の整っていない切華との距離を詰める。
下から道路を削り取るような勢いで剣が振り上げられる。ブオンという鈍い音が響き、再び剣が空に踊った。空を蹴り、切華はそれすらもかわす。
次々と斬撃を繰り出す紅矢。それは寸止めなどという甘いものではなかった。まともに食らえばすぐさまそれで終わり。それほど、激烈な攻撃だった。
だが、切華はそれを全てかわしていく。女特有とでも言えばいいのか、器用に体をひねらせ、後退しながらかわしていく。
「はああ!」
大振りな一撃。それが空を斬る。それで、紅矢の連続攻撃は終わった。結果、それは擦りもしなかった。
距離を置き、対峙する二人。雨は降り続いている。もう誰も、二人を見ている者はいない。そこにはただ、二人だけの世界があった。
「‥‥兄さま。本気ね」
「お前もな」
肩で荒く息をする切華。一方、紅矢の方はまだ余裕があるように見えた。
切華は息を整え、再び鞭を作り出し、道路に垂らす。太く、その長さはゆうに五メートルはある。しかも、それが二本。紅矢の顔つきが険しくなる。そして、紅矢も剣の数は八本に増やす。指と指の間に一本ずつ刺し、構える。
「私‥‥この体に生まれた事は不運だと思っているけれど、でも、あなたの妹である事は嬉しいと思っているわ」
「俺もだ。自慢の妹だね」
「ありがと。‥‥お兄ちゃん」
武器を構え、笑う二人。互いの事を理解し、それでも交える事には変わらぬ二人。隔てる壁は無い。
そして、二人は道路を蹴った。蒼い衝撃が走った。