エレクトリック・エチュード 第3章


「だから言っただろう。ついてくるなと」
「‥‥すいません」
 怒りをあらわにする紅矢に、葉澄は頭を垂れた。他の三人も深く落ち込んでいた。
 今五人はあの公園にいた。既に日は暮れ、月が出かかっている。今日の朝ここにいたのに、まるで何日も経っているかのような錯覚に陥る。
 あの事件の後、五人はすぐに病院から出た。あそこにずっといたら、やってくる警官達にまず間違いなく捕まっていた。そのため、勇の死体はあのまま放置する事になってしまった。
 紅矢は腕を組み、ため息をついて自分を落ち着かせる。
「‥‥神奈川が死んだのは君達のせいじゃない。俺のせいだ。気にしなくていい。それに、あいつは人間としても最低の奴だった。罪悪感なんて持たなくていい」
「‥‥」
 四人の脳裏に無残な姿となった勇の姿が思い起こされる。昨日の電車の時は直接死人は見なかった。しかし今回は違う。目の前で一人の人間が死んだ。自分達のせいではないと言われても、それで気分が良くなるわけがなかった。
 重い空気が流れる。紅矢は煙草に火をつける。
「もう二度と、会わない方がいい」
 紅矢の台詞に、誰ともなく首肯いた。事の顛末が知りたい、などと大して考えもせずに決めていたついさっきまでの自分がバカのようだ、と葉澄は思った。
「だが君は‥‥宮原葉澄君、だっけ。君だけは俺と一緒にいてくれ」
「えっ?」
 予想外の言葉に葉澄は顔を上げる。紅矢は厳しい顔をしていた。
「切華は俺に近づく女に対して異常な嫉妬心を持っている。一人でいる時に襲われたら困るんだ」
 言っている意味がよく分からなかった。だが葉澄はまだこの人と一緒にいられるという思いと、またあんな光景を目にするのだろうか、という気持ちが混在して、複雑な気分になった。
「嫉妬って、どういう意味?」
 気になっていたのか、麗が訊ねる。紅矢は頭を掻き、困惑の表情に見せる。
「あいつの気持ちが分かるのは俺だけだからな。あいつも俺を凄く頼りにしてた。少なくとも、子供の頃はな」
「美しきは兄妹愛ってやつ‥‥なのかな」
 こんな時でも、晃太の口調はどこか明るい。それが場の雰囲気を少しは和ませてくれた。
「そんなところだ」
 紅矢はぶっきら棒に答えた。その様子は葉澄にはあまりその話題に触れたくないように見えた。葉澄は咄嗟に別の質問をする。
「あの、体の方は大丈夫なんですか?」
 話題が変わった事に安心したのか、紅矢は少し笑みを浮かべる。初めて見せる笑顔だった。可愛い笑顔。葉澄はそう思った。
「問題無い。このコートには電気を通さない絶縁体が多く編み込まれている。見た目程のダメージは無い。それに、衝撃も電気を放出する事でかなり緩和できる。もっとも、それはあいつにも言えるがな」
「そうですか。良かった‥‥」
 葉澄はホッと胸を撫で下ろした。あれほどの攻撃を受けたのに大して辛そうにしていない理由が分かった。
「ところでさ、次の目標がどこにいるのか、にいちゃん知ってんの?」
 晃太がポケットから腕時計を取り出しながら訊ねた。
「これから調べるところだ」
「名前は?」
「‥‥何でそんな事を聞く? もう俺とお前は何の関係も無いはずだ」
「俺はまだいるつもりだよ」
「‥‥本気? 真北君」
 麗が目を見開く。彼女の髪の毛には蛍光灯の欠片がまだついていた。それを、晃太は丁寧にとってやる。
「ああっ。俺さ、この事件の顛末が知りたいんだ」
「さっきの戦いを肌で感じてまだそんな事言うのか? さっきは運が良かっただけだ。次は本当に死ぬぞ」
 紅矢が晃太の肩を強く掴む。しかし、晃太の余裕の笑みは消えない。
「だったら、それでもいいさ」
「なっ‥‥」
 紅矢は言葉を失ってしまう。それは葉澄や麗、明も同じだった。
「どうせ、これからやりたい事も無いしね。このままただ大人になって仕事して、子供作って、それで人生終わりだとしたら、俺はあんたとついていく方を選ぶ。簡単に言えば刺激が欲しいんだな。さっきはビビっちまったけど、次からはちゃんと逃げるさ」
「‥‥」
「それにさ、俺、パソコンやネットに詳しいんだ。名前や職業さえ教えてくれたら、すぐにでも居場所をつきとめてやるぜ。どうよ?」
「お前、頭がどうかしてるぞ」
「あんたや妹さんの体よりかはマシなつもりだ」
「‥‥」
 きつい冗談に、紅矢はピクリとも笑わなかった。
「できる事なら、私も一緒に行きたいです」
 今度は明が名乗り出る。もう誰も驚かない。
「お前もか‥‥」
「はい。あの切華って子、私が攻撃してもほとんど間をおかずに攻撃してきました。正直、剣道に関しては同い年くらいで勝てる人間はいないと自負してました」
「言っただろう? 電気の力でダメージを軽くできると」
「そうかもしれませんけど‥‥。でも、やっぱりこのままただ帰れって言われても踏ん切りがつかないんです。あなたにこれ以上迷惑はかけないつもりです。お願いです」
 明は行儀良く頭を下げた。紅矢は肩でため息をつく。
「ダメと言ったら?」
「勝手についていきます」
 明は即答する。紅矢は煙草を投げ捨てる。
「好きにしてくれ。ただし、君に関しては俺はもう助けない。君は少しは手慣れてるみたいだからな。自分の身は自分で守ってくれ。ただついてきてる。俺はそう思う事にする」
「はっ、はい。ありがとうございます」
 明は嬉しそうに答えた。
 葉澄、晃太、明は残る事となった。残るは麗だけだ。麗は四人の顔を見ながら、フウッと小さくため息をついた。
「私は帰らせてもらうわ」
「えっ? 一緒に来ないんですか?」
 葉澄が困惑の表情をする。麗は笑って葉澄の肩を叩く。
「何でわざわざ危険な所に行こうとするのか、私には分からないわ。さっきのおじさん見たでしょ? 私はああはなりたくないわ」
 麗はうんうんとわざとらしく首肯き、踵を返した。
「それじゃあ、私は就職活動しないといけないから、これでさよならね」
 大したお別れも無く、麗はその場から去っていってしまった。あまりにも唐突な別れだった。
「せっかく会えたのに‥‥」
「感傷的にならない方がいい。普通なら、彼女の選択の方が当然なんだ」
 その言葉に葉澄は黙る。その通りだ。自分からわざわざ危険な所に行こうなんて思う人間は早々いない。彼女の選択に間違いではない。しかし、できた縁というものが呆気なく途切れてしまうのは、やはり悲しかった。
「さてと、それじゃあ真北君。さっそくだけど調べてもらえないかな」
 紅矢は晃太の肩を叩く。
「今ここにパソコンが無いから、ひとまず俺の家に行こう。あと、真北君なんて仰々しい言い方はやめてくれよ。背中が痒くなる」
「そうか‥‥。じゃあ、晃太君。君の家に行こう」


次のページへ   前のページへ