「ローズナイフ・ロマンス」 その@


 狩野三森(こうの みもり)はクラスの中でも浮いている存在だった。端麗な顔立ちに透き通るような美しい黒髪。誰もその美しさを認めているのに、決してその事を主張しようとはしない。
 人と接する事を好まず、いつも1人でいる。口数も少なく、まるで人に触れられる事を拒む薔薇のようだ、と周りの生徒達は言った。
 そんな態度が苛めにならなかったのも、また彼女の魅力であった。普通の人なら嫌味として受け止められてしまうような行動も彼女なら当然のように見られた。
 休み時間、彼女はいつも1人で自分の席で窓の外を見つめる。周りは生徒達の他愛の無いお喋りが飛び交っているのに、彼女の周りだけどこか触れられない静けさがある。そこだけが別世界のように。
「ねえ、狩野さん」
 1人の男子生徒がそんな彼女に果敢にも声をかける。髪を染め、軽い感じの生徒だ。
「何?」
 振り向くと艶やかな髪がサラリとなびく。
「狩野さんて彼氏とかいるの?」
「ごめんなさい、そういうの興味無いの」
「狩野さんって男子からの人気高いの、知ってた?」
「そうなんだ。知らなかったわ」
 三森は素っ気無く答える。だが、男子生徒は嫌な顔はしない。他の生徒のように笑顔で接する人ではないという事くらい、彼でも分かっていた。
「今度合コンとかしない?気に入る男くらいいると思うんだ」
 それでも一応言ってみる辺り、彼には度胸があった。
「ごめん、そういうの興味無いの」
 そう言って、三森は謝った。
「そっか。そういう気分になったら声かけてね。狩野さんならいつでもOKだから」
 男子は笑って去っていった。
「……」
 また彼女は1人、窓の外を見つめた。
 触れられないわけではない。だが、触れた者は皆切られて去っていく。切られたと感じない程、その刃は鋭く、細い。そして知らぬ間に、その傷は癒えている。
そんな事から、いつしか彼女は「薔薇のナイフ」を呼ばれるようになっていた。


 1人でいる事は友人がいないからでも、それを自ら望んでいたわけでもない。ただ何となく、友人と仲良く話したり、他愛も無い事に華を咲かせるのに楽しみを見出せないのだ。薔薇のナイフと呼ばれる事も仕方の無い事だと思っていた。
 昼休み、彼女は簡単な食事を済ませると、図書室に向かう。それが彼女の日課だった。


 昼休みの図書室は静かだ。窓の外では生徒達のはしゃぐ声が聞こえ、陽光が静かにテーブルを照らしている。その中で、三森はじっとカウンターにいる少女に目を向ける。
 何物にも興味を示せない彼女が一番、いや唯一気になるモノ。それが長崎桐(ながさき きり)だった。三森と同年代の2年生。だが、その存在は三森とは正反対だ。明るく、活発で、誰とでも仲良く話す。唯一三森と共通しているのは、それが嫌味では無く、男子女子共に可愛がられていた事だった。
 桐は図書委員をしていた。三森は昼休み図書室に行っては、彼女の顔を遠くから眺めているのが好きだった。それを恋と呼ぶのか、それともただの羨望の友情なのかは三森自身分からない。
 桐は入り口近くのカウンターで図書委員の仕事ををしている。テキパキと働きアリのようだ。でも、彼女の場合はそれが可愛く見える。さながら、桐はリス、三森は雌豹と言った所だろうか。自分とは正反対だな、とつくづく思う。
 桐は三森の視線には気づかない。だが、三森はそれで良かった。顔を向き合わせたとしても何を話していいのか分からなかった。
 でも、ずっと話さないのも面白くなかった。もう何ヶ月も前から見てきたのだ。三森は適当な本を選んでは、カウンターに持っていく。
「あの…これ…」
 いつもの三森らしさがあまり無い。
「はい、ありがとうございます」
 たどたどしい三森の態度とは真逆に、桐はハキハキと答える。紙に必要事項を書いている間、2人の間に会話は無い。
「また借りるんですね。本が好きなんですか?」
 静寂が嫌いなのか、桐が聞く。
「うん。そんなところ」
 本は嫌いではない。だが、それほど好きというわけでもない。本音を言えば、桐を接する機会が欲しいだけだ。
 あまり知らない本の表紙を見ながら、三森は桐を見る。ぬいぐるみのような可愛らしい顔がそこにはある。何か言わなければ。そう焦ってこんな事を言ってしまう。
「本が好きだから図書委員になったの?」
「そういうわけじゃないんですけど、誰もやりたいって人がいなかったから」
 桐は苦笑いを漏らす。三森はちょっと意外と思ってキョトンとする。てっきり本が好きだからだと思っていたからだ。だが、人の頼みを断れなさそうな顔をしているとも思う。
 桐は三森の持っている本を見る。
「でも、その本は好きですよ。女同士の恋愛の話ですけど」
「えっ?……そうなんだ」
「知らなかったんですか?」
 桐は小首を傾げる。三森は目を泳がせてしまう。
「あっ、ああっ。表紙だけを見て決めたから」
「珍しいですね。噂に聞いていたとは随分違います」
「……噂って?」
 何となく分かるが、一応聞き返す。
「有名ですよ。狩野三森さんですよね?薔薇のナイフ≠ウん。他の生徒よりも冷静で美人で、近寄り難い」
 何が面白いのか、桐は笑いながら言う。
「そうね。さん付けされたのは初めてだけど」
 三森もクスクスと笑った。あだ名にさん付けする子なんて初めて見た。それがとても面白かった。
「狩野さんがそれをどう思ってるかは知りませんけど、私は素敵な名前だなって思います」
「そう?薔薇とかナイフとか、あまりいいイメージが無いわ」
「でも綺麗ですし、とっても澄んだ感じがします。私ってそういうタイプの人間じゃないんで、羨ましいです」
「……私はあなたの方が羨ましいわ。私はただ口下手なだけだから」


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