それから、三森は桐とよく話すようになった。三森は何でも素直に言ってしまう桐がとても気に入った。桐もまた自分とは違う三森に興味を持ったようだった。
足りないモノを補うという言い方はおかしいかもしれないが、自分に無いモノを持っている同士、気が合った。
2人が一緒に帰る光景を見て、他の生徒達は皆驚いた。あの薔薇のナイフに切れないモノがあったと、それはそれで噂になった。だが、2人の耳にその噂は入ってこなかった。
三森は外見は変わらなかったが、その心はかなり浮いていた。まるで初めて友達が出来たように嬉しい気持ちだった。桐もまた、そんな三森に優しく可愛く接した。それでも三森との関係は友人と言うよりは上級生と下級生のような感じだった。相変わらずさん付け呼びも変わらない。
2人が親しくなってから一週間程経った。噂も落ち着き、2人が並んで歩く光景もさほど珍しいモノではなくなった。
2人はいつものように図書室の片隅で2人だけの時間を楽しむ。放課後だからか、他に生徒の姿は無い。
「三森さん」
不意に桐が言う。その手はしっかりと三森の手を握っている。アイスのように冷たい桐の手を温めるように三森はその手を握る。
「三森でいいよ。同い年なんだし」
「好きで呼んでるんで気にしないでください。それで、あの、私、告白されたんです」
「男の子?」
桐は同性の三森から見ても可愛い。そういう事があっても不思議ではない。それでも少しだけ眉が動いた。
「はい。同じクラスの子なんですけど」
桐の顔は沈んでいる。嬉しそうには見えない。
「それで、あなたは何て答えたの?」
「まだ、何も言ってないです。少し考えさせてくれって」
三森の手が僅かに強く握られる。三森も握り返す。お互い、本当に言いたい事は言っていない。その手が全てを物語っている。
「そうなんだ……。どうするつもりなの?」
「三森さんはどう思います?」
ふられ、三森は困ってしまう。ここで真実を言ってはいけないと、何かが語りかける。言ったら、面白くないと。
「私に言われても……。好きならお付き合いすればいいじゃない」
「でも、私男の人と付き合った事無いし……」
桐は三森の手をまるで自分の手のように弄ぶ。少しくすぐったかったが、抵抗する気は無かった。
「最初はみんなそうよ」
「三森さんは告白された事無いんですか?」
「あるけど、全部断ってきた」
「どうしてですか?」
「好みじゃなかったから。それだけよ」
三森は淡々と答える。その通りであった。彼女は男性が得意ではなかった。男が皆狼だなんて下手な事は言わない。でも、すぐに好きだの合コンがどうだのと言う人は苦手だった。何かに縛られているように感じて、窮屈なのだ。
三森は桐の制服についた埃を取る。ついでに、少し枝毛の目立つ髪の毛を手櫛で梳いてやる。仲の良い姉妹のようにも見える。
「その男の子は好みなの?」
「あんまり……。何か、すぐにキスとか迫られそうで」
「いつかはそういう事にもなるわ。付き合うならね」
三森は笑って言う。桐に意地悪をしているな、と自分でも思う。でも、そういう事を言って困っている桐を見るのもまた楽しかった。
桐は真剣な顔で、三森の手をさする。
「そういうのに、あんまり興味が無いっていうか」
「なら断ればいいわ。好きになれない人と一緒になる事は無いもの」
三森は驚く様子も無く答える。桐は目を見開いて、三森を見上げる。
「でも、そんな事したら、相手の気持ちを踏みにじるみたいで……」
「嘘をつくよりいいわよ。付き合うなら、自分の気持ちに素直にね」
三森は桐の頭を撫でる。同年代なのに、それを感じた事は一度も無い。なにせ、こうやってすると、桐は子猫のように嬉しがるからだ。その時、自分は彼女の親猫になっている。
桐は気持ち良さそうに目を閉じ、そしてゆっくりと開ける。
「三森さん。私、断りますね」
「あなたがそう思うなら私はいいと思うわ」
図書室はまだ、静寂に包まれている。時々、微かな笑い声が聞こえた。
3日後、放課後の図書室。時間が遅いせいか、残っている生徒は2人しかいない。今日は外は曇っていて、陽光は差し込んでこない。雨が降ってきそうな気配からか、窓の外の人の気配も無い。
まるで、大きな校舎に桐と三森の2人しかいないかのようだった。
「あの人、すぐに分かったって言ってくれました。何かされるんじゃないかって思って、怖かったです」
桐は窓の外を見ながら言う。その顔は空模様とは逆に晴れ晴れとしている。
「そう。良かったわね。でも、男の子が皆野蛮ってわけじゃないから」
「そうですね。でも、私にはまだ早いみたいです」
桐は含み笑いをして三森の手を取った。三森はその手を握り返し、そして少し強く握った。今回は少し手首まで撫ぜてみる。すべすべした感触が心地良いと桐は思った。三森もまた、同じ事を思った。
「これから、どうするの?誰か好きな男の子とかいるの?」
「今はいないです。なので、しばらくはゆっくりしたいと思います」
桐は手を離すと、一度大きくノビをした。制服の下のお腹が少しだけ顔を覗かせる。
「ゆっくりって、何だかおばあちゃんみたいだわ」
「いつかは、そうなりますよ」
桐は体を元に戻すと、また三森の手を取った。少しさすって、今度は肘くらいまで触れる。それ以上触れるのはまだ勿体無い。そんな感じにも見える触り方だ。
「でも、おばあちゃんになるまでにはまだたくさん時間がありますから、それまでゆっくりと好きな人を見つけたいと思います」
「そうね……」
三森は苦笑いを漏らし、ゆっくりと席から立つ。桐も立つ。すかさず、三森の鞄を手にして三森に渡す。三森は無言で受け取る。初めての事なのに、それが当たり前のような仕草だった。
「もう帰りましょう。時間も遅い事ですし。家の近くに美味しいクレープのお店があるんです。途中寄って行きませんか?」
「雨が降らなかったらね」
「そうですね」
2人は図書室の電気を切り、部屋から出て行く。手は握られたままだ。
図書室の片隅にあるゴミ箱。その中には桐が来る前に三森が捨てたモノが入っている。それはクシャクシャになった数枚の写真。その写真には桐に告白した男子生徒が煙草を吸っていたり、見知らぬ女性とホテルに入っていく光景などが映っていた。
脅すという言い方は正しくない。丁重に断ってもらったのだ。その為に大事な口付けまでくれてやったのだ。このくらいは当然だろうと、三森は思っていた。
三森はもう必要無いという理由と、これ以上持っていたくないという理由でそれを捨てた。この事を桐に話すつもりは無かった。初めて「薔薇のナイフ」というあだ名をつけられて当然だと思った。
2人が外に出ると、ポツポツと雨が降り出す。2人は小走りで校舎を駆けて行った。
2人の交流が愛なのかは分からない。外から見ればそれはただの仲の良い友人に見られるだろう。だが、あの告白の件があってから、2人の関係はより強く絡んでいた。もう解けないかもしれない。2人共、解く気は無いようだ。
手と手が触れ合うだけで喜び合い、数時間離れて会う度に、小さく抱き合う。口付けあうのはいつにしようかと笑って話し合う。でも、実際にはやらない。本当にやってしまったら楽しくないから。出来るのにやらない。そうやって、ぎりぎりの所で楽しんでいる時が一番楽しい。
互いのリボンを整え合い、スカートの裾を直す。そんな日々が2人には楽しくて仕方なかった。
それは誰も知らない2人だけの小さな秘密。薔薇のナイフと呼ばれた女の恋は淡く、まだ透明だ。
終わり
あとがき
携帯小説「ブック・イン・ポケット」に掲載されていたもの。しかし、そのサイトが潰れた為、著作権が戻り、こうして掲載出来ました。
紹介の所にも書いてありますが、「マリア様がみてる」を読んでる時に思いついた作品です。ただ、そこはやっぱり男の私。「マリみて」に比べればより肉質的に、且つややドロドロしたお話になってます。
実は続編があり、全3部作構成になってます。続きはまたいつか載せたいと思います。