「Like a Yellow Wings」 そのJ


「佑一、音楽が決まったよ。ジャンヌダークの“ブラザー”、エックスジャポンの“ダレア”、そして同じくエックスジャポンの“ラブ・フォーエヴァー”になったんだ。三曲もあるんだけど、出来るかい?」
「エックスジャポンなら大丈夫だ。ジャンヌダークは知ってるけど、実際にコピった事は無いなあ。でも、まだ一ヵ月以上あるから問題無いと思うよ」
「そうか、頼むよ。それと、曲の順番はブラザー、ダレア、ラブ・フォーエヴァー。ブラザーとダレアに関しては全部歌わずに一度サビを終えたら次に行ってほしい。ラブ・フォーエヴァーは全部だ。出来れば、つなぎ目は無くしてほしい。メドレーという感じでやってほしいんだ。出来ないかな?」
 龍が聞くと、佑一は苦々しく笑う。
「なかなか注文が多いね。まっ、文化祭は晴舞台だから派手にきめたいよな。それに、天ノ川学園の奴らも来るって話じゃないか。はりきりたがる理由もよく分かる。まあ、任せろや。真剣にプロになろうってみんな考えてるから、それくらいやってやるよ。曲が完成したらまた連絡するから。そしたら合同練習って事で」
「ああっ、文化祭の二週間前くらいには出来上がっていてほしい」
「三週間前には仕上げてみせるよ」
 自信ありげに佑一は龍の胸を叩くと、背を向けて廊下を歩いていった。歩いた先には他のバンドのメンバー達がいた。龍は安心して小さく笑った。


 ジャンヌダーク。男性五人で結成された新しいロックバンドである。男女の関係を強烈な描写で歌に乗せ、ライブでのパフォーマンスも非常に扇情的である。女性のみならず男性からの支持も厚く、これからの成長ぶりが期待されているバンドである。“ブラザー”は実の兄妹の恋愛をテーマにした曲で、歌詞、歌共にいかにも彼ららしいという事で人気の曲である。
 エックスジャポン。既に数年前に解散してしまった、男性五人組のロックバンドである。その存在は既に伝説になっていて、日本にハードロックというジャンルを作り上げ、彼らに影響されてロックを始めた人達は星の数程いると言われている。他のバンドでは出来ない凄まじいドラム、ツインギターによる究極の早びきには定評があるが、彼らは同時に美しいバラードもこなした。リーダーであるヨヒキはドラムとピアノを使いこなし、圧倒的な人気を今でも誇っている。“ダレア”は彼らが最後に出したロックナンバーであり、彼らの曲の中でも最も激しい曲の一つである。“ラブ・フォーエヴァー”は彼らのバラードナンバーの中でも最も人気の高い曲で、ライブで演奏される度に泣きだすファンがいる程、素晴らしい曲だ。
「先生! ジャンヌダークのブラザー、聞きました! すっごくいい曲ですね。私向きって感じがしました」
「単純にそう思ったら、奈々子ちゃん、ちょっとあなた危ないわよ〜」
 天ノ川学園との合同開催が決まった二日後。メンバー達は練習場に集まっていた。その表情はいつもと何ら変わり無い。皆、決めた音楽について話し合っている。
「エックスジャポンの曲はいいですね。でも、ラブ・フォーエヴァーはいいとして、ダレアはどんな感じで踊るのかよく分かりませんでしたわ」
「ああっ。何か物凄く激しい動きしそうだよね。出来るかな?」
 一つのイヤホーンを二人で使っている乙姫と竹友は、背中を合わせながらうーんと唸る。
「いいね! いいね! ブラザー! 何だかすっごくエッチな踊りが出来そうね!」
「あんたはいいわよね、胸がデカくてエッチっぽいから。でも、妹って感じはしないけど」
「‥‥やっぱりこの曲の主役は川原兄妹だと思うわ」
 胸をポヨンポヨン揺らしながら、シルビアは足でステップを踏む。それを見上げる悠と涼は少し羨ましげにシルビアの胸を見つめている。
「綾音? 何泣いてんの?」
「うっ、うるさいわね! ラブ・フォーエヴァー聞いたら止まんなくなっちゃったのよ。
 ううっ、ヒゼ〜、何でいなくなっちゃったのよ〜、ううっ」
「綾音‥‥ファンだったなんて知らなかったよ」
 練習場に置いてあるステレオからピアノの音が聞こえる度に、綾音は鼻水をすすりながら泣きじゃくる。それを見つめる福之助は意外、と言いたそうな顔をしていた。
「やっぱりいいねぇ、エックスジャポンは。これで踊れるなんて夢みたいだ。静香も桜子ちゃんもそう思うだろう?」
「本当に透ってエックスジャポンが好きね。まあ、私も透に教えてもらって大ファンになっちゃったけど」
「ラブ・フォーエヴァーっていい曲ですよね。何だか、とっても素敵な踊りが出来そす、はい」
 静香と透の間にいる桜子は歌詞カードを眺めながらうっとりとしている。二人の間にいると、まるで桜子は透と静香の子供のように見えた。
 皆、今回の歌を気に入っている様子だ。今回も皆で決めたのだが、三曲やるという提案は未森先生が出したもので、二年生達も驚きの色を隠せなかった。どうして三曲なのか、と静香が聞くと、文化祭だから、と未森先生は答えた。何の工夫も無いその答えに静香は笑って、先生らしいです、と答えた。
「みんな、歌の方は聞いてきたと思うわ〜。さっそくダンスの練習といきましょう〜。前にも言ったけど、三曲を通してやります〜。曲の方は龍君のお友達さんが何とかしてくれると思うので、私達はダンスの方に集中しましょう〜」
 練習場内に響き渡るいい声で、未森先生はそう言った。乙姫と竹友はイヤホーンを外し、綾音は泣く事をやめる。皆、やる気十分と言った顔で未森先生を見返している。
 こうして、文化祭に向けての練習が始まった。


「あの明日野辺高校との合同開催が決まった。公では勝負ではない、という事だが、一緒にやったらどちらが上手いかははっきりと分かる」
 明日野辺高校のウィングス練習場よりも遥かに大きく、設備の行き届いた部屋の中で、青山先生が声を張り上げる。青山先生の前には十二人の男女が一糸乱れぬ態勢で立っている。天ノ川学園のウィングスメンバーだ。男も女もオリンピック選手のように見事な体格だ。その中には伶奈の姿もある。十二人はピクリともせず、また笑う事も無く、青山先生の言葉を聞き入っている。
「彼らがどんな曲で、どんな踊りを見せるのかはまったく分からない。しかし、我々は自分達の踊りをするだけだ。ウィングスは楽しくやるものだ、と明日野辺高校のウィングス担任の松山先生は言っていた。私もそれは間違いではない、と思う。しかし、やるならば最高のダンスがしたい、と私は考えている。皆もそうだと思う。そして、それを確認したいと願っている。今回はその絶好のチャンスだ。皆、頑張ってやろう!」
 青山先生が力強く手を上げると、十二人も勢い良く手を上げた。そこには、明日野辺高校のウィングスのメンバーと同じ目の輝きがあった。そして伶奈も、同じ目をしていた。


 ウィングスと佑一率いるバンド、クライムの練習が始まって二週間経ってからの事だった。龍は佑一から呼び出された。
「龍。こっちの準備はOKだ」
「えっ? もう出来たのか?」
「ああっ、ジャンヌダークの曲はメリハリがはっきりしてるからやりやすかったんだ。それに一回目のサビまでだから間奏部分のギターの早弾きが無いしな。とりあえず曲のつなぎも完成した。あとはそっちの踊りと合わせて少し微調整するだけだ。どうだ、早いだろう?」
「ああっ、さすがだよ。それじゃあ、今日にでも未森先生に連絡しておくから、明日の放課後練習場に来てくれ。って、ギターとかベースはいいとして、ドラムとかは簡単には持ち運べないよな」
「心配するな。MDに入れてあるから。今、持ってるんだ。それで変える部分があったらその度に新しいMDを作るから。でも、後半はやっぱり全部通してやりたいよな。リハーサルってやつだな。ほれ、MD」
 そう言って、佑一は龍に一枚のMDを手渡した。龍はそれを受け取ると、佑一の肩を抱く。
「本当に助かるよ。それじゃあ、さっそく未森先生に聞かせるから。また、明日連絡する」
「おう。あと一ヵ月も無いからな。お互い、気合い入れていこうぜ」
 そう言って、二人は固い握手を交わした。
「いいわね〜。歌唱力も音楽も申し分無いわ〜。つなぎ目と大体いいと思うわ〜。ちょっと変えたい部分もあるけど、ほんの少しだからそんなに問題無いと思うわ〜。龍君、彼らに言っておいて頂戴〜。合同練習は一週間後だって〜」
 MDを聞いた未森先生は上機嫌にそう言った。


 文化祭まで、残り三週間を切った。ウィングスのメンバーとバンド、クライムのメンバー達は街の外れにあるライブハウスの中にいた。二十畳程の広さの中に壇上と客席がある。壇上にはドラムセットとキーボードが置いてあり、それぞれ一人ずつそこに立っている。他にギターを持ったクライムメンバーが二人、その内一人は悠に熱烈なラブコールを送っている靖之だ。ベースが一人、そして、ヴォーカルの佑一がいる。ウィングスのメンバー達は観客席にいる。踊るには少々狭かったが、無理な広さでもなかった。
「今日から三週間はここで練習します〜。このライブハウスは佑一君のお父さんが経営しているから心配せずに踊ってください〜。勿論、この時間だけは貸切りですよ〜」
「‥‥物は壊さないでくださいね」
 無邪気にはしゃぐ未森先生に、佑一は一筋の汗を流しながら言った。勿論、未森先生は聞いてなどいなかった。
「やっと一緒になれるな、悠」
「一緒って、何だかエッチに言い方ね。って、もう呼び捨てかい!」
「まあまあ、気にしない気にしない」
「気にするわよ!」
 相変わらずの調子の靖之に、悠はたじたじの様子だ。二人を見る涼は少し悲しげにフフフッ、と笑った。
「さあ、お二人さん、痴話喧嘩は練習が終わってからにしましょうね〜。それじゃあ、さっそく練習といきましょう〜」
「痴話喧嘩ってどういう事ですか!!」
 勿論、未森先生は悠の言葉など聞いていなかった。


 文化祭まで一週間と迫った。ウィングスとクライムの合同練習も最終調整段階に入り、
学校内も文化祭の準備が始まり、慌ただしくなってきた。校内の看板には“ウィングス 天ノ川学園のウィングスとの合同開催!!”という文字の書かれたポスターが堂々と貼られ、盛り上がりを見せていた。
 そして、文化祭前日は学校は休みとなり、その日は生徒総出で文化祭の準備に追われる事となった。しかし、ウィングスとクライムのメンバー達は特別許可を貰い、その日も例のライブハウスで合同練習をする事になった。そして、その日が最後の練習だった。
「‥‥」
「‥‥」
 最初から最後まで通しでやり、ウィングスとクライムのメンバー達は荒く息継ぎをしながら、じっと未森先生を見た。未森先生は手を顎に当てて、目を閉じている。そして、ゆっくりと目を開けて、皆を見た。
「OKよ〜。とってもいい出来よ〜。クライムさん達もとっても良かったわよ〜。これなら文化祭の名に恥じない、最高のステージになるわ〜。みんな、この調子で明日も頑張ってね〜」
 その瞬間、メンバー達は相手構わず抱きついて、狂喜乱舞した。靖之はちゃっかり悠に抱きついている。しかし、この時だけは悠もまんざらではなさそうな表情をしていた。
「なかなかやるじゃないの、あんたも」
「だろ? だろ? お似合いのカップルだぜ、俺とお前は」
「少なくとも、ステージの上ではその通りだわ!」
「少なくともって?!」
 ビックリした様子の靖之に、悠は満面の笑みで返した。
「難しかったね。でも、出来た時の嬉しさはカクベツね!」
「おうえうえ! あい!(そうですね! はい!)」
 シルビアは桜子の顔を胸に埋めながら、ピョンピョンと跳ね回った。桜子は苦しみながらも、シルビアと一緒に飛び跳ねている。
「お兄ちゃん、やったね! 愛の力だね! 私とお兄ちゃんの!」
「‥‥今回はちょっと本気でそう思ったぞ、奈々子」
 川原兄妹は両手をつないで、クルクルと回りながら笑っている。
「綾音。僕、上手く出来てたかな?」
「上手いどうかは私には分からなかったけど、とっても楽しそうだったわよ」
 少し不安そうな福之助に、珍しく綾音は優しく語りかける。それを聞いて、福之助は安堵の息をもらして、肩の力を抜いた。
「いい踊りが出来そうだな、静香」
「そうね‥‥。最初は何だかゴタゴタしてちゃんと出来るか不安だったけど」
「‥‥心配しすぎ、静香は」
 涼が静香にそう言うと、透もそうだそうだ、と笑って言った。その中で、静香は苦々しく破顔した。
「だって‥‥合同開催なんてした事無かったし。それに、勝負とか何だとか色々あったじゃない? だから、どうなっちゃうんだろうって」
「‥‥みんな、そんな事気にしてないわ。少なくとも私と透はしてないわ」
「そうそう。いいじゃない、別に。誰が来ようと、変わらんもんは変わらんよ」
 静香の両肩を透と涼が抱く。二人の間で静香は、水を与えられた花のように可愛らしく笑った。
「そうよね。何にも、変わらないよね」


 そして、文化祭の日になった。空は快晴で、文化祭をやるにはこれ以上無い、という程の好天気だった。
 明日野辺高校は朝から生徒や一般の人で大いに賑わっていた。教室内は様々な催物が用意されていて、駄菓子を売る教室や、男女のカップルの写真を取る教室などが賑わっている。その中には天ノ川学園の生徒達もいる。明日野辺高校の生徒達の予想と反し、天ノ川学園の生徒達は明るげな顔で校内を歩いていた。そこには、エリート意識の欠片も見当らなかった。
「ウィングスの発表って、何時からあるんですか?」
「えっ? ええと、午後の一時からよ」
「そうですか。ありがとうございます」
 天ノ川学園の女子生徒に声をかけられ、明日野辺高校の生徒は少し驚いた様子で答える。
丁寧に一礼して、遠ざかっていく天ノ川学園の女子生徒を見ながら、明日野辺高校の生徒は、何だか考えていたのと違うわね、と小首を傾げた。
 そんな雰囲気の中、時間は既に正午を回っていた。体育館内にはぎっしりとイスが用意されていて、既に半分以上が生徒達で埋まっている。明日野辺高校の生徒も天ノ川学園の生徒達もごっちゃになって座っている。そこには喧嘩も言い争いも無く、終始穏やかな雰囲気が漂っていた。
「私、天ノ川学園のウィングスって見た事無いんですけど、どうなんですか?」
「いいと思いますよ。楽しいし。でも、そっちのウィングスもいいんでしょ? こっちにまでその評判がくるもの。楽しみにしてるわ」
「へへっ、私もです」
 偶然隣同士になった初対面の両学校の生徒達は、互いに少し緊張しながら会話を弾ませる。何回か言葉を交わした後の二人は、もう緊張もしなくなっていた。
 そして、時間は午後十二時五十分になり、既に体育館には空きが無い程に人で埋め尽くされ、その活気もますます盛り上がっていった。


「お互い、いい踊りをしましょう」
「勿論です」
 ステージ裏で青山先生は未森先生に握手を求めた。未森先生は快く握手に応じた。
「頑張りましょうね、可愛い子ちゃん」
「えっ? あっ、ああっ、そうですね、はい!」
 初対面の天ノ川学園の長身の女性に肩を叩かれ、桜子は思わず猫耳を飛び出させて何度もお辞儀をしてしまう。その天ノ川学園の生徒は、本当に可愛い子、と言ってクスクスと笑った。
 両高校のウィングスメンバー達は、ステージ裏で一緒になってその時が来るのを待っていた。天ノ川学園の生徒達は私服のような格好をしている。男女共に青色のデニムのズボンに上は同色のジャケットだ。ジャケットの下は黒いTシャツだ。対する明日野辺高校のメンバーは男は上下黒のレザースーツ、女は白のレザーという格好だ。
 明日野辺高校のウィングスメンバーは考えていた天ノ川学園とはまったく違うその雰囲気に、最初は驚いた感じだったが、次第に自分達のやってきた事は同じだという共通点を見いだし、発表が始まる五分前には別け隔て無く話をするまでになった。
「あなた‥‥。お互い上手に出来るといいな」
「へっ?」
 伶奈が悠に頭を下げる。悠は目を丸くして伶奈を見る。
「どうちゃったのよ、あんた。この前と様子が違うわよ」
「そちらの調子が万全じゃないと、こっちもあまりやる気がしないだけだ。お互い、出来る事をやり尽くしてこそ、意味がある」
「まあ、それはごもっともは意見ですが」
「それに、公に勝負でないなら、肩肘張る必要も無い」
「‥‥何だか、優しくなったわね」
 悠が疑わしげに伶奈の顔を覗かせる。伶奈は相変わらずの少し怒ったような顔だったが、少し笑っているようにも見える。
「普段はこうなの、私は」
 ステージ裏はとてもこれからウィングスの発表が行なわれるとは思えない程、和やかな雰囲気だ。しかし、時間は既に後二分を切っていた。二十四人の前に、未森先生と青山先生が立つ。二十四人はもう何の迷いも無い、素晴らしい目をしている。
 未森先生と青山先生はうんうんと嬉しそうに頷き、二人一緒にこう言った。
「もう何も言う事は無い。頑張ってやってこい! レッツダンス!!」


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