「Like a Yellow Wings」 そのD


第二楽章  恋して踊れ! ウィングス

 今年初めてのウィングス発表から三週間が経ち、月日は既に七月に入っていた。降り注ぐ陽光はジリジリと生徒達の肌を焦がし、首筋から大粒の汗を流させる。校庭の隅の木々からは蝉の鳴声が途切れる事無く続き、夏の到来を報告していた。生徒達は夏服に衣替えをして登校していた。
 そんなある日の事、未森先生と十二人のメンバー達はいつもの部室にいた。未森先生は上は薄着のTシャツ、下は膝下まで切られたジャージという姿で、女子は太股が剥出しになる程に丈の短いスカートと淡い青色のYシャツ、男子は灰色のズボンとだらしなく出された白いYシャツという格好だ。皆、持参の下敷きでパタパタと胸元を扇いでいる。
 未森先生はブラジャーが見えそうな程胸元を大きく広げながら十二人に言う。
「みなさん、暑いですね〜。こんなに暑いんじゃ、あんまり練習する気にもなりませんよね〜。というわけで、夏合宿に行く事にしました〜。三泊四日で八月の最初で考えています〜。お金は一万円もあれば十分だと思いますよ〜」
 夏合宿という言葉を聞いて、十二人が騒めきだす。一年生の驚きぶりも凄かったが、二年生も驚いた様子だった。
「去年はそんなの無かったじゃないですか」
 汗をダラダラとかきながら、悠が口を尖らせる。
「この前の発表が凄く良かったので〜、特別に夏合宿の予算を出してもらったんです〜」
「という事は、去年は大した事無かったって事?」
「そこらへんはあんまり気にしないでください〜」
「‥‥」
 狸にばかされた狐のような顔をして、悠がムムッと黙りこくる。未森先生はテーブルに置かれた一枚の紙を静香に手渡す。
「行く人はここにサインしてください〜。回しますからね〜。基本的に十二人全員で行ってもらわないと次の踊りの練習がやりにくくなりますから、なるべくみんな参加してください〜」
 そう言っている間に、既に静香と透は紙にサインをしていた。次々と紙が渡っていき、再びその紙が先生の所に届くまで一分も経たなかった。
「いい結果だわ〜。先生、嬉しいわ〜」
 結局、欠席者は一人もいなく、八月上旬の夏合宿は決定されたのであった。


 そして、月日は流れ一学期の終業式が終わり、生徒は夏休みに入った。ウィングスはその間、殆ど練習が無かった。まだ次に使用される曲も決まってなく、まして踊りなどまったくしなかった。一年生達は「これでいいのか?」と不安を持っていたが、二年生の方は別段焦る事も無く、日々を過ごしていた。
 そうやってとろんとろんとした生活が過ぎていく内に、あっと言う間にその合宿の日がやってきた。
 朝の九時半。既に太陽は頭の上にあり、アスファルトの道路は熱く焦がされている。学生服に身を包んだメンバーは校門の前に集まっていた。
 合宿には専用のバスが用意された。バスは三十人はゆうに入る程巨大なバスで、その巨体は校門の前にドンと置かれている。十二人は無言でそのバスを見上げている。その顔は「凄い」と言いたげだった。
「凄いねぇ、お兄ちゃん」
「ああっ、去年は合宿なんて無かったからなぁ」
 同じ柄のボストンバッグを下げた川原兄妹は感嘆の声を上げる。
「凄いです! 凄いです! 耳出ちゃいます、はい」
「触りたいね! クチクチクチ」
「あううう‥‥」
 飛び出た耳を人差し指でつつきながら、シルビアがプププッと笑う。
「まあ、こんなバス、私なら軽く五台は用意出来ますけどね」
「五台用意しても意味無いと思うけどね」
「‥‥あんたねぇ」
 大きな宝石がいくつもちりばめられたバッグを担いだ綾音は、地味なバッグを持つ福之助に白々しい視線を向ける。
「‥‥竹友殿? 何だか目が泳いでいるようですが」
「自分‥‥バス酔いするんです。み、見ているだけで‥‥うおお」
「だ、大丈夫ですか!?」
 迷彩模様のバッグを落として、危なげなものを吐こうとする竹友の背中を、慌てた様子の乙姫がゆっくりと優しく撫でた。乙姫の隣には唐笠模様のバッグが置かれている。
「何だか、部活って感じよね。やる気が出るわ」
「‥‥部活よ、これは」
 満足気な顔でバスを見上げる悠を、涼はいつもの不気味な顔で言う。二人はお揃いの真っ黒いバッグを下げている。
「いいわよね、こういう雰囲気って」
「ああっ、次はもっといい発表が出来るって、そんな感じがするよな」
 互いの腕を絡ませ合いながら、二人はお揃いの紺色のバッグを手にして笑い合う。
「はいはい〜。みんな準備は出来ているわよね〜。荷物は荷物入れに入れてください〜。時間は大体三時間くらいです〜。途中でサービスエリアに寄りますけど、トイレに行きたい人は行っておいてください〜。あと、座る場所は適当で構いません〜」
 手ぶらの未森先生は声を大きくして言う。未森先生の荷物は既にバスの後部に設置されている荷物入れに置かれている。メンバー達もそこに荷物を置いて、次々とバスに乗り込んでいく。運転席に座っている四十くらいの愛想のよさそうなおじさんだった。
 十二人全員が乗り込んだ事を確認すると、未森先生もバスに乗り込んだ。
「では、出発します〜。場所は軽井沢って言いたいところだけど、そんなにいい所じゃありません〜。でも、ここよりは涼しいので練習を始める場所としていい所だと思います〜。では運転手さん、ぶっ飛ばしてください〜」
「あいよ! 任せな!」
 そう言って、運転手のオヤジはガッツポーズをとる。
「やっ、やめでぐれ〜」
「‥‥」
 悲痛な竹友の言葉は、乙姫しか聞いていなかった。
 こうして、メンバー達の夏合宿がスタートした。


 バスは見慣れた道路をしばらく走った後、高速に乗った。それからはスピードを上げて、高速道路を走り続けた。窓の外から見える風景は、走り始めて三十分程で山しか見えなくなった。
 静香と透が前から二番目の席に、その後ろに悠と涼、それから順番に川原兄妹、桜子とシルビア、綾音と福之助、そして一番後ろの席に乙姫と竹友が座った。皆、右側の席に座っていて、左側はスカスカだった。
 未森先生は一番前の席に一人で座っていた。
 走り始めてから一時間程して、未森先生は席から立ち上がり、窓際に用意されていたマイクのスイッチを入れる。
「ではみなさん、現地に着くまでに次に使う曲を決めたいと思います〜。基本的には一曲ですが、みなさんに余裕があるなら二曲でも三曲でも構いません〜。勿論、曲数が増えていけばその分踊る量も増えますけどね〜。とりあえず一曲決めましょう〜。前回は明るいポップなロックでしたので、今回はもっと趣向を凝らしたダンスにしたいと思ってます〜。曲の中で一つの物語がある歌なんかだと、ミュージカル風になって楽しいんですよ〜。何か案がある人います〜?」
 すると、綾音がいの一番に手を上げる。
「マレス・ミゼールの“月夜の夜想曲”がいいと思いますわ。あれって、人形が別の人形に会いに行くっていう話になっているんですの。舞台は中世っぽいし、ミュージカルにするんだったらああいうのがいいと思いますわ」
 マレス・ミゼール。中世をイメージした独特のファッションと、幻想的な音楽を奏でる男性五人組のヴィビュアル系バンドである。女性から絶大な人気を博していて、その未知の世界にハマる人も多い。綾音の言っていた“月夜の夜想曲”はそんな彼らの代表曲である。
「なかなかいいわね〜。背景のセットやみんなの衣裳とか、色々と出来そうだものね〜。他にある〜?」
 今度は桜子が手を上げる。
「えーと、ピーズの“トレジャー九四”とかいいと思うんですけど。そんなに物語って感じの歌じゃないですけど、何だか周りのみんなにおいてけぼりにされてる男の人の歌って感じじゃないですか。あんなのもやってみたいです、はい」
 ピーズ。高い声と、激しいロック音楽で昔から驚異的な人気を誇っている男性二人のバンドである。女性の他に男性からも憧れの的として見られ、彼らを見てバンドを始める者も多い。“トレジャー九四”はライブなどでよく歌われる名曲である。
「うーん。ミュージカルにするには、ちょっと登場人物が少ない感じがするわね〜。それにロックは前回やったものね〜。他に何か案のある人〜?」
 少し残念そうな顔の桜子の頭を、シルビアが撫でる。そして、そのシルビアが手を元気に上げる。
「オニオーンの“大往生”がいいと思います! ワタシ、あの曲とっても好きね。シンコンの夫がタンシンフニンで遠くに飛ばされちゃって、悲しくって泣く話ね! ちょっとふざけた感じのワードがミュージカルにピッタリね」
 オニオーン。既に解散してしまったが、今でも再結成の期待が持たれている伝説の男性五人組のバンドである。最初は普通の歌を歌っていたが、途中から方向転換をして奇抜な歌を歌うようになった。人をバカにしたような歌い方でさえ、それが彼らの持味となっていて、最近発売されたベストアルバムは飛ぶように売れている。“大往生”は彼らの歌の中でも人気のある歌である。
「いいわね、それ〜。別に前向きな歌詞の歌じゃなければならないわけでもないしね〜。観客を笑わせるような演出の歌もいいわよね〜。ミュージカルにも合いそうだし〜。綾音さんには申し訳無いけど、私はそれがいいと思うわ〜」
 未森先生にそう言われ、綾音はブスッとした表情で窓から見える景色に目を移してしまう。それをまあまあ、と福之助がなだめる。
「前回といい今回といい、何で私の案は通らないのかしら‥‥」
「いいじゃないか、綾音。俺なんか発言もしてないよ」
「全然フォローになってない!」
 ギャーギャーとわめく綾音を余所に、他の皆はシルビアの案に賛成のようだ。頷いたり、その曲の事を聞いたりしている。
「では、今回はオニオーンの“大往生”にしましょう〜。あれは歌の内容に近い感じのダンスにしましょうね〜。というわけで、今から配役を決めたいと思います〜」
 配役と聞いて、綾音の顔が再びパッと晴れやかになる。
「あの曲はシルビアさんの言った通り、新婚ホヤホヤの夫婦の夫が突然係長に単身赴任を命じられて困ってしまうという話の歌です〜。なので、その夫と奥さん、そしてその係長の役の人が必要になります〜。他にも役はあるけど、まずはその三人から決めます〜。夫と係長は男の人で、奥さんは女の人ですよ〜。立候補する人はいますか〜?」
「はいはいはい! 私! 私がやります!」
 バス内いっぱいに響く声で、綾音が怒鳴る。
「綾音さん、そんなに係長がやりたいの〜?」
「奥さんじゃ! 奥さん! 何で男役ならにゃいかんのじゃ! 宝塚か!」
 何やらヘンテコリンな語尾になりながら、綾音が憤慨する。未森先生は分かり切った返答に微笑する。
「冗談ですよ〜。立候補の他に他薦でもいいですよ〜。何にも無ければ奥さん役は綾音さんになりますよ〜」
「先生、静香を推薦します」
「えっ! 私が?」
 透の言葉に、静香は目を見開く。透は恥ずかしげに頬をかく。
「似合ってると思うんだけどな、俺は」
「‥‥へへっ」
 真正面からそう言われ、静香は額まで真っ赤にして照れた表情になる。それを未森先生が鋭い眼光で睨み付ける。しかし、口だけが笑っている。
「若いって憎らしいわよね‥‥チッ! はいはい、二人の人が出ています〜。他にいない時は多数決で決めたいと思います〜。いますか〜?」
 目を点にしている静香と透を無視して、未森先生はにこやかに訊ねる。他に手を上げる者はいなかった。
「じゃあ、多数決にします〜。綾音さんがいいと思う人〜?」
 腕が一本だけ上がる。綾音だけが、手を上げていた。一瞬、バス内に静寂という名の幽霊が通った。
「何で! 何で私しかいないの?」
「綾音はシンコンの奥さんって言うより、その奥さんをいじめるシュウトメって感じがするね!」
 何の躊躇も無く、シルビアが言う。それを聞いて、綾音が首まで真っ赤にする。
「何ですってぇ! この胸デカ女が!」
「あがががが‥‥」
 突然後ろから首を絞められ、シルビアは声にならない奇声でうめく。
「やめなって、綾音。みんな手を上げないのが何よりの証拠だよ」
「っ! くくくく‥‥ってあんたも手上げてなかったわね!」
「うん。俺もシルビアさんの言う通りだと思うし」
「‥‥」
 そう福之助が言うと綾音は手を離し、何もかも真っ白に燃え尽きたボクサーのようにその場にうずくまってしまった。
「それじゃあ、奥さん役は静香さんに決定〜。そうなると、夫の役は当然透君よね〜。みなさんもいいですよね〜」
 綾音の事など知らない未森先生はのんきにそう言う。皆、未森先生の言葉にうんうんと頷く。静香と透は個人的にも付き合っている仲だ。誰もその組合せに文句を言わなかった。透は恥ずかしそうにしながらも、満足気な顔をしていた。
「というわけで、よろしくね、マイハニー」
「‥‥こちらこそ。ダーリン」
「十年早いわよ、チッ! はいはい、それでは係長役を決めたいと思います〜。男の人ですよ〜。誰か立候補はいませんか〜?」
 再び目を点にする静香と透を再び無視して、未森先生は明るげな口調で言う。しかし、誰も手を上げなかった。係長は物語の中では敵役になる。進んでなる者は誰もいなかった。
「まあ、役が役だからあんまりやりたくないのは分かるわ〜。でも、出番が多い事は確かよ〜。だから、私は二年生の龍君を推薦するわ〜」
「‥‥僕ですか? 似合いますかね?」
「ダメ! ダメ! お兄ちゃんはそんな格好悪い役やっちゃダメ!」
 ぼんやりと言う龍の隣で、奈々子がポニーテールを激しく揺らしながら怒る。
「奈々子ちゃん、人生は理想通りにはいかないものよ〜。龍君は将来絶対に幸せな人に絶望を送るタイプの人間になると思うわよ〜」
「‥‥何だそりゃ」
 龍がフゥとため息をつく。隣の奈々子は一層怒ったようで、ポニーテールがピョンピョンと跳ねる。
「ならない、ならない! お兄ちゃんはエックスジャポンのヨヒキみたいな大人になるんだから!」
「‥‥ドラムもピアノも出来ないっつうの」
「まあまあ〜。龍君本人はどうなの〜? やってもいいって思ってるの〜? 特に嫌だって思ってないなら、先生としてはやってほしいわね〜」
 龍は少し外の景色を見て、一回深く深呼吸をして、未森先生に言った。
「いいですよ、やっても」
「ええええっ!? マジでぇ! お兄ちゃん!」
 隣の奈々子のポニーテールがまるで意志があるようにピンと立つ。その立ったポニーテールを龍は優しく撫でる。すると、そのポニーテールはシュンと元の普通の髪に戻った。
「たまにはこういう役も面白いし。いいじゃないか、奈々子。ウィングスは楽しくやってこそ意味があるんだ」
「‥‥お兄ちゃんがそう言うなら、いい」
 少し小さくなった奈々子は、まだ名残惜しさがあったようだったが、龍の優しい言葉に弱々しい笑顔を送った。
「それじゃあ、残った人達はお手伝い役という事にします〜。それと、シルビアさんだけは別の役を用意したいと思います〜。二番から出てくる夫を誘惑するお色気ムンムンの美女という役です〜。そういう役はシルビアにしか出来ないと思いますので〜」
「美女? シルビア、美女の役? いいね! いいね!」
 シルビアは分かっているのかいないのか、その場で飛び跳ねる。お色気ムンムンと聞いて、悠も涼も仕方ない、と言った顔をする。
「綾音。お色気ムンムンの美女だって。それ、立候補すれば」
「‥‥」
 福之助がそう言っても、綾音は相変わらず真っ白なままだった。
「それじゃあ、美女の役はシルビアに決定です〜。踊りに関してはこれから決めたいと思います〜。それと、後十五分くらいでサービスエリアでの休憩がありますので、そこでいったんバスを止めます〜。トイレに行きたい人は行ってきてください〜」
 そこまで言うと、未森先生は席に腰を落ち着かせ、隣の席に置いてあったノートとペンを手に取った。ノートの表紙には“ウィングスのダンス”と書かれている。ペラペラとページをめくり、白紙の部分を見つけるとペンで何かを書き出した。どうやら、今から次回の踊りを書き始めるようだ。
 時間は既に十一時を過ぎようとしていた。バス内は冷房が効いている為、外の暑さは分からない。しかし、照りつける陽光は窓からギンギンに入り込んでいた。窓から見える景色は流れゆく高速道路と濃い緑色の山々だけだ。時たま看板が立っていて、そこには“後三十キロでサービスエリア”と書かれていた。
「‥‥竹友殿、歌が決まりましたよ」
「‥‥」
「‥‥白目を向いている。これはまずい」
「‥‥」
 乙姫の膝の上にある竹友の顔は、白目を向いていて口の端から危なげな泡をふいている。バス内で行なわれた事など、竹友にはまったく耳に入っていなかった。


 サービスエリアで何とか一命を取り留めた竹友は、売店で山ほどの酔い止めの薬を購入した。そして、そこで十分程休憩したバスは再び発車し、それから一時間程走って高速を降りて、一般道を一時間程走り、目的地に到着した。目的地に着いた時、竹友は再び乙姫の膝の上で瀕死になっていた。
 夏合宿の場、そこは山奥の中にあるペンションだった。そのペンションから麓の街までは歩いて三十分はかかった。外装は白い壁と茶色の柱で、ロシアやナカダなどを連想させる立派なペンションだった。中も立派で、木製の壁に木製のイスにテーブルと、アンティークな作りになっていた。ペンションは三階建てになっていて、一階に食堂や大きな居間があり、ペンションの経営者も一階に寝泊りしている。二階と三階は同じ作りで、それぞれ六つの部屋があり、男子が二階、女子が三階に寝る事になった。各部屋は八畳程あり、二段式のベッドがある。全室フローリングでどの部屋も清々しい木の香りがした。
 そして、何よりこのペンションの特徴だったのが、ペンションの隣にある温泉だった。
岩で覆われた自然の温泉で、そこだけが日本風だった。囲いがしてある為、ペンションの窓や外からは中は見えないようになっている。
 荷物を下ろすと、バスは山を下って行ってしまった。
「では、部屋割りを言います〜。二階の男子部屋には一〇一号室に透君と龍君ペア、一〇二号室に福之助君と竹友君ペア。三階の女子部屋には二〇一号室に静香さんと乙姫さんペア。二〇二号室に悠さんと涼さんペア。二〇三号室に奈々子ちゃんと桜子ちゃんペア。二〇四号室にシルビアさんと綾音さんペア。そして、二〇五号室に私です〜。本当は男女混同でもよかったんだけど、何か起きても責任とれないのでやめました〜。特に静香さんと透君なんかが一緒になったら、変な声がして眠れなくなりそうですし〜」
「‥‥んな事しませんよ」
 恥ずかしげというより、呆れ顔で透は言う。
「とりあえず、まずお昼ご飯にしましょう〜。あっ、あと、このペンションの経営者の金森猿飛さんを紹介します〜」
 そう言って、未森先生は隣にいる五十くらいの体格のいい男の胸をポンポンと叩いた。短い髪は根元から真っ白だったが、茶褐色の肌は健康そのものと言った感じだ。色褪せたジーパンと無地の白いTシャツがよく似合う。男、猿飛は豪快に笑って未森先生の頭を撫でた。
「俺がこのペンションの経営者の金森猿飛だ、よろしく! いやあ、こんなに若い男や女が来てくれて俺は嬉しいよ! こいつは俺の姪っ子なんだ。ふざけた女だが、これからもついていって‥‥ぐぶっ」
 未森先生の鋭い肘打ちが猿飛の脇腹に突き刺さっていた。猿飛は体をくねらせて呻く。
「紹介は終わったわ〜。中の食堂にご飯が用意してあるから勝手に食べましょう〜」
 藻掻き苦しむ猿飛を無視して、未森先生はズカズカと中に入っていった。それを、十二人はポカンとした表情で見ていた。


 昼食はカレーだった。食堂の長いテーブルの真ん中に、凄まじい大きさの鍋が置かれ、カレーはほぼ満タンに入っている。その隣にはこれまた凄まじい大きさの炊飯器がある。テーブルには十三枚の皿とスプーンが用意されていた。
 未森先生は十二人を席に着かせた。
「ご飯とカレーはセルフサービスです〜。みなさん、好きなだけ食べていいですよ〜」
 そう言うと同時に一斉に手がのびる。一番にしゃもじを取ったのは悠だった。悠は勝ち誇った顔で、ご飯をよそる。
「‥‥悠、私しゃもじ二杯分ね」
「俺、三杯頼むわ」
 そんな悠に、涼と透がすかさず皿を差し出す。
「ええっ? 自分達でやんなさいよ」
「‥‥最初にしゃもじを取ったのが運の尽き」
「そうそう。がっつく奴は損するもんだ」
「くっ‥‥くくくく」
 ステレオで言われ、悠は圧し殺した声で呻いた。
「みなさん、ご飯食べながらでいいから聞いてください〜。さっき簡単に動きを考えました〜。ご飯を食べて荷物を各部屋に置いたら、さっそく練習を始めたいと思います〜。場所はペンションの裏です〜。裏に行くとぽっかりと木の生えていない所がありますのですぐに分かると思います〜。練習は五時半までです〜。夕食は六時からです〜。その後は自由行動です〜。露天風呂に入ってもいいです〜。ただし、勝手に山から降りないでください〜」
「露天風呂って、混浴なんですか?」
 口いっぱいにカレーをほおばりながら、奈々子が訊ねる。色気より食い気、という言葉がピッタリの光景だ。
「ちゃんと男湯と女湯に別れてますよ〜。まあ、別に一緒に入っても構いませんが、その後の責任はとれません〜」
「だから、んな事ないっつうの」
 透がさっきの言葉に根を持っていたようで、再び口を尖らせる。
「男の方は別に女湯を覗いても構いませんよ〜。ただし、お金がかかりますが〜」
「金払えばいいんですか」
 水を一口飲んだ龍は、呆れた顔で未森先生を見る。
「えっ‥‥それ本気?」
 元に戻っている綾音は気が気でない顔をする。
「私は構わない、という意味です〜。ちなみに私は十万円です〜。桜子ちゃんは千円くらいかしら〜?」
「千円!? 私ってそんなに安いんですか!?」
 桜子がピンは猫耳を立てて驚く。
「まだまだ発展途中って感じですものね〜。まあ、そういうのが好きな人には百万円の価値もありそうだけど〜」
「そういうのって‥‥」
 乙姫は眉をひくつかせてしまう。
「まあ、冗談ですから気にしないでください〜。とにかく、露天風呂より練習の方が大事ですので、早くご飯を食べちゃってください〜」
 そう言って、未森先生は大きく口を開けて、カレーをほおりこんだ。


次のページへ    前のページへ